皮脂は角質層の保護膜なのですが、せっけんやアルコールには、この皮脂を取ってしまう作用があります。アルコールは水と油を強力に溶かす作用があり、消毒のたびに皮脂は溶けて失われ、頻繁に使うと、かえって手に病原菌が繁殖しやすくなります。【解説】夏井睦(なついキズとやけどのクリニック院長)

解説者のプロフィール

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夏井睦(なつい・まこと)
なついキズとやけどのクリニック院長。1957年、秋田県生まれ。東北大学医学部卒業後、東北大学医学部附属病院を経て、相澤病院や練馬光が丘病院などで傷の治療センター長を歴任。2017年になついキズとやけどのクリニックを開院。「キズ、やけどは消毒しない/乾かさない」湿潤治療を提唱している。著書に、『キズ・ヤケドは消毒してはいけない』(主婦の友社)などがある。

せっけんやアルコールは皮膚の保護膜を取ってしまう

新型コロナウイルスが流行してからというもの、せっけんでの手洗いや、アルコールによる消毒がこれまで以上に奨励されるようになりました。

しかし、新型コロナウイルスを含め、普段の生活で手につく病原菌は、水で洗い流せば、ほぼ落ちます

実際、私がせっけんで手を洗うのは、診察で血液や膿に触れたときだけ。普段は水だけで手を洗っています。

頻繁にせっけんやアルコールを使うと、かえって手に病原菌が繁殖しやすくなります。どうしてそうなるかについて、これから説明しましょう。

皮膚の一番外側には、角質層という組織があります。これは死んだ皮膚細胞が積み重なったもので、水分の保持はできません。

そこで、角質層の水分が蒸発するのを防ぐために、皮膚は皮脂という脂分で覆われています。つまり、皮脂は角質層の保護膜なのです。

ところが、せっけんやアルコールには、この皮脂を取ってしまう作用があります。

せっけんには、合成界面活性剤という物質が含まれています。界面活性剤とは、水と油のどちらにもなじむ性質を持つ物質の総称で、汚れとともに、皮脂も溶かしてしまいます。

アルコールの作用は、せっけんよりさらに強いものです。アルコールには水と油を強力に溶かす作用があり、消毒のたびに皮脂は溶けて失われます。

殺菌剤入りのせっけんや洗剤類は要注意

これらにより皮脂がなくなると、皮膚には次のような問題が生じます。

乾燥と湿疹

保護膜がない角質層からは、水分がどんどん蒸発するので、手はカサカサになっていきます。さらに乾燥が進むと、角質層に亀裂が入り、その下にある表皮(生きている細胞でできた組織)が出てきます。

この表皮が界面活性剤やアルコールに触れると、細胞膜が壊れ、浸出液がにじみ出てきます。この状態が、いわゆる「湿疹」です。

皮膚の細菌のバランスがくずれる

健康な皮膚は常在菌によって守られており、この菌は皮脂を栄養源として、さまざまな酸を産生しています。その結果、通常の皮膚のpH値(酸性やアルカリ性の度合いを示す値)は、酸性に傾きます。

スキンケア用品の宣伝で「肌は弱酸性」とうたわれているものがありますが、これは常在菌の働きによるものです。

一方、病原性のある黄色ブドウ球菌や溶連菌など、その他のほとんどの雑菌は、アルカリ性の環境を好みます。ですから、皮膚が弱酸性を保っていれば、これらの菌は繁殖できません。

しかし、皮脂がなくなると、常在菌が酸を産生できなくなります。そして、皮膚に病原菌が繁殖しやすい環境になってしまうのです。

また、常在菌は嫌気性細菌と言い、酸素が苦手な性質を持っています。そのため、皮脂がないと空気にさらされやすくなってしまい、この菌が繁殖しにくくなります。

一方、好気性細菌である病原菌は、酸素があるところで繁殖します。それに加え、ジュクジュクした環境も好みます。そのため、湿疹ができた皮膚ではこれらの菌が増え、ますます治りにくくなるのです。

以上のことから分かるように、皮膚の健康にとって、皮脂を奪う界面活性剤やアルコールは大敵です。手荒れや湿疹などを防ぐためには、これらをなるべく避けて生活してください。

どうしてもせっけんを使いたいなら、香料や殺菌剤などが入っていないシンプルなものを選びましょう。また、食器用洗剤などの洗剤類は、ゴム手袋をつけるなどして、極力素手で触れないようにします。

画像: アルコール消毒や洗剤は、常在菌の栄養源となる皮脂を溶かしてしまう

アルコール消毒や洗剤は、常在菌の栄養源となる皮脂を溶かしてしまう

保湿はワセリンをたっぷりぬるのがお勧め

盲点になりやすいのが、ハンドクリーム。不透明で白や黄色の色がついているクリーム類には、界面活性剤が入っています。そのため、かえって皮膚の状態を悪くしてしまうのです。

皮膚の状態が悪化したら、クリームではなく、皮脂本来の機能と同等に作用するワセリンで保湿するといいでしょう。私がお勧めするのは、下で紹介している、ワセリンとペーパータオルを使ったハンドケアです。

ポイントは、ワセリンをケチらずに、たっぷりと使うこと。小さじ2分の1程度が目安です。湿疹でジュクジュクした部位でも染みないので、手全体にしっかりとぬり込みましょう。

その後に、余分なワセリンをペーパータオルで拭き取ります。手にワックスがけを行っていると言えば、イメージが湧きやすいかと思います。

ワセリンは無味無臭で、口に入っても無害ですから、そのままの手で調理などを行っても大丈夫。これを1日に数回くり返せば、ひどい手荒れも治っていきます

このケアは手荒れだけでなく、アトピー性皮膚炎や小さな傷などにも効果的です。皮膚が荒れてきたら、まずはワセリンでの保湿を心がけてください。

アルコール消毒やせっけんでの手荒れを防ぐ
ハンドケアのやり方

【ポイント】
夜寝る前と、朝起きたときの2回行う。手荒れがひどい人は、朝昼晩と寝る前など、1日に数回行うとよい。
ワセリンは、1分程度時間をかけてしっかりぬり込む。手が非常にベタベタになるが、ペーパータオルで拭き取るので気にせずぬること。
傷口に染みることはないので、湿疹やささくれがある箇所にぬっても問題ない。

画像1: アルコール消毒やせっけんでの手荒れを防ぐ ハンドケアのやり方

【用意するもの】
・白色ワセリン……小さじ1/2程度
・ペーパータオル……1~2枚

画像2: アルコール消毒やせっけんでの手荒れを防ぐ ハンドケアのやり方

小さじ1/2程度のワセリンを手に取る。

画像3: アルコール消毒やせっけんでの手荒れを防ぐ ハンドケアのやり方

指先、手のひら、手の甲全体になじませるよう、ワセリンをまんべんなくぬり込む。

画像4: アルコール消毒やせっけんでの手荒れを防ぐ ハンドケアのやり方

ペーパータオルで、余分なワセリンを拭き取る。ベタつきが気にならない程度がベスト。

画像: この記事は『安心』2020年9月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2020年9月号に掲載されています。

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