解説者のプロフィール
奥井識仁(おくい・ひさひと)
1965年、愛知県生まれ。東京大学大学院修了後、ハーバード大学ブリカム&ウイメンズ病院にて手術を学ぶ。2009年、よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニックを開院。骨盤臓器脱が専門で、年間約300件の日帰り手術を行う。著作、論文多数。
▼よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
尿トラブルは生活の質を低下させる
中高年になると、男女を問わず、「頻尿」や「尿もれ」に悩む人が増えてきます。
こうした尿トラブルは、命に別状はないものの、生活の質を著しく低下させます。尿もれや頻尿が気になると、外出がおっくうになります。気持ちが晴れず、うつ状態になる人も少なくありません。夜に何度もトイレに行っていると、睡眠不足で疲れも取れにくくなります。
尿トラブルの話を始める前に、排尿のしくみを簡単に説明しましょう。
腎臓で作られた尿は、まず膀胱にためられます。膀胱は最大で500㎖ほど尿をためることができます。250㎖くらいたまると、「もうすぐいっぱい」という信号が、脊髄(脳と体の各部を結ぶ神経組織)から脳へ送られ、尿意を感じます。すると、トイレに着くまでは「まだ出したらダメ」という信号が、脳から膀胱や尿道に送り返されます。
尿道には、尿道括約筋という筋肉があります。尿をためているときは、この筋肉が尿道を締め、尿もれを防いでくれます。そして、トイレで排尿の準備ができると、「出していいよ」という信号が、脳から膀胱や尿道に送られます。すると、膀胱の筋肉が収縮し、尿道括約筋が緩んで、排尿ができるのです。
では、尿トラブルはなぜ起こるのでしょうか。
女性に多い尿もれには、主に「腹圧性尿失禁」と「過活動膀胱」があります。
腹圧性尿失禁とは
腹圧性尿失禁は、おなかに圧力がかかったときに、尿がもれるものです。重い物を持ち上げたり、セキやくしゃみをしたりしたときに起こります。
女性は、出産や肥満、加齢などで、尿道や膀胱、子宮などを支える骨盤底筋群が傷ついたり伸びたりしやすくなります。そのため、骨盤底筋の筋力が低下し、尿道を締める尿道括約筋の働きが弱くなり、ほんの少しおなかに圧がかかっただけでも、尿がもれるようになるのです。

過活動膀胱とは
もう一つの過活動膀胱は、膀胱が過敏になり、膀胱が過剰に収縮してしまうため、頻尿(夜間頻尿)や尿もれを起こすものです。急に強い尿意に襲われ(尿意切迫感)、トイレまで我慢できず、もらしてしまうこと(切迫性尿失禁)があります。
過活動膀胱は、膀胱そのものに病変はなく、周りの刺激が膀胱にかかって起こるものです。主な原因として、以下の3つが挙げられます。
①膀胱が下がる
一つは、膀胱の周りの筋肉(骨盤底筋群)が緩んで、膀胱が下に落ちること。これを「膀胱瘤」といいます。膀胱が下がると周囲にマイナス電気がたまり、膀胱が収縮します。それによって急激に尿意を感じるのです。

骨盤底筋群の緩みで膀胱が下がり、マイナス電気がたまる
②脊髄の損傷
二つめは、脳卒中や脊柱管狭窄症(足腰に痛みやしびれを引き起こす病気)などで脊髄が損傷し、脊髄にマイナス電気がたまるものです。このマイナス電気が膀胱に移動すると、強い尿意切迫感を起こします。

脊柱管狭窄症などで脊髄にたまったマイナス電気が膀胱に移動する
③脳からの信号がうまく送れない
三つめは、加齢などによって、脳からの「排尿を我慢する信号」がうまく送れなくなることです。そのため、水が流れる音を聴いたり、手が水にぬれたりしただけでも急な尿意を催し、我慢できなくなります。

加齢などにより、排尿を我慢する脳からの信号をうまく送れなくなる
まずは「骨盤底筋体操」を試そう
このように、女性の頻尿や尿もれにはいくつか原因がありますが、その背景に骨盤底筋群の衰えが深く関与しています。
ですから、こうした女性の頻尿、尿もれに、まず試してほしいのが「骨盤底筋体操」です。どんな尿トラブルでも、軽いうちなら骨盤底筋体操が功を奏します。やり方は以下のとおりです。
①背すじを正してイスに座り、ひざを肩幅に開いて、おなかに手を当てる。おならを我慢するイメージで肛門をグーッと締め、緩める、という動作を3回くり返す。
②尿を途中で止めるイメージで、尿道と膣をグーッと締め、緩める、という動作を3回くりかえす。
③骨盤底筋群全体を体の内側に引き込むイメージで、ギュッと締め、緩める、という動作を3回くり返す。
①~③を1セットとし、1日3~5セット、毎日気がついたときに行う。

骨盤底筋体操は、肛門を締めて骨盤底筋を鍛える体操です。骨盤底筋が鍛えられれば、尿道や膀胱が落ちにくくなり、尿道括約筋の機能も改善します。
また、膀胱にたまった電気が中和され、過活動膀胱の症状が緩和されます。
傷の残らないレーザー治療や飲み薬も
体操の次に選択するのが、薬物治療です。
しかし、腹圧性尿失禁に効く薬はほとんどありません。したがって、ひどくなった女性にはテープやメッシュシートで尿道を支える手術を行います。しかし、化膿するなどのトラブルがあり、欧米では禁止されているところもあります。ほかの選択肢も考えるべきです。
最近は、それにかわる女性のための手術法として「インティマレーザー」というレーザー治療が注目されています。膣内や尿道にレーザーを照射し、細胞組織を活性化させ、再生した筋肉が尿道を支えるようにするもの。メスを使わず、傷も残らないので、患者さんの負担も少ないといえます。
過活動膀胱は、薬物治療が中心です。よく使われる抗コリン剤は、たまったマイナス電気を取り除いて、膀胱の収縮を抑える飲み薬です。また、膀胱の容量を増やす薬もあります。
頻尿も尿もれも、初期のうちなら体操などのセルフケアで改善します。まずは、専門医を受診し、適切な指示を受けることです。治療とセルフケアを併用すれば、さらに治療効果は上がります。

この記事は『頻尿・尿もれがスッキリ治る最強ケア』に掲載されています。
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