解説者のプロフィール

渡辺尚彦(わたなべ・よしひこ)
前東京女子医科大学東医療センター内科教授、愛知医科大学客員教授、早稲田大学客員教授、日本歯科大学臨床教授。医師。医学博士。1984年、聖マリアンナ医科大学大学院博士課程修了。専門は高血圧を中心とした循環器病。1987年8月から、携帯型血圧計を装着し、以来、365日・24時間、血圧を測定し続けている「ミスター血圧」。『血圧を下げる最強の方法』(アスコム)など、著書多数。
頭痛や肩こりにも効くまさに万能のツボ
私が、手の甲の「合谷(ごうこく)」というツボに着目するようになったのは、今から30年も前のことになります。
ある晩、私は突然の歯の痛みに苦しめられていました。鎮痛剤は手もとになく、痛みを楽にできないものかと考えていたとき、ふと思い出したのが、合谷についての雑誌の記事でした。そこには、「合谷は上半身のさまざまな症状に効果的であり、歯の痛みにも有効」と書いてありました。
わらをもつかむ思いで、試しに合谷のツボを思い切り刺激してみたところ、その場で歯の痛みがスーッと消えたのです!
私は、それ以来、患者さんのさまざまな訴えについて、合谷への刺激をお勧めするようになりました。その結果、合谷には、多様な効果を発揮することがわかったのです。
私が記憶しているだけでも、頭痛、肩こり、首こり、疲れ目、五十肩、顎関節症など、まさに万能のツボといえるでしょう。そればかりか、合谷への刺激は、私の専門領域である血圧についても、すばらしい結果をもたらすのです。
皆さんは、血圧が上がると心配になると思いますが、実際に体にどんな不都合があるのかをご存じでしょうか。
「血圧が高い」というのは、血管内の圧が高くなった状態を指します。すると、血管が傷ついて動脈硬化が進行し、血管の内側が分厚くなるため、通り道がしだいに狭くなります。血液は狭い道を通ろうとするため、血圧がいよいよ高くなるのです。
そして、さらに血圧が上がって動脈硬化が進むという悪循環が続けば、いつしか脳梗塞や心筋梗塞など、命にかかわる重大な疾患につながっていくというわけです。
高血圧で厄介なのは、多くの場合、自覚症状がないことです。気づかないうちに病状が進行し、いきなり倒れるといった事態も、まれなことではありません。高血圧が俗に「サイレントキラー(沈黙の殺し屋)」と呼ばれるのも、こうした事情からです。
上半身の血行が大改善しポカポカしてくる
血圧が高めのかたは、日ごろから血圧を測定する習慣を身につけ、上手にコントロールしていくことが大切です。必要であれば薬を飲んだり、生活習慣を改善したりする必要がありますが、合谷への刺激を行えば、血圧を下げるのに役立ちます。
まず、合谷の場所を確認しておきましょう。
合谷は、手の甲の、親指のつけ根の骨(第1中手骨)と、人差し指のつけ根の骨(第2中手骨)との間の分かれ目のゾーンにあります。

人によっては、そのゾーンの中で、しこりがあったり、響くような痛みを感じたりする場所が違うものです。実際に押してみて、気持ちのよい痛みを感じるところを刺激するといいでしょう。
合谷に親指を当てたら、人差し指を手のひら側に回して裏から押さえます。こうして親指で、かなり強めにギューッと指圧します。

そのまま持続的に押すのが効果的ですが、それが難しければ、リズミカルに押しもみしてもいいでしょう。左右の合谷を5分を目標に刺激してください。できれば1日3回、最低でも朝晩2回実行しましょう。
実際に合谷への刺激を試してみるとわかりますが、しだいに体がポカポカと温まってきます。汗が出てくる人もいるほどです。
合谷は特に、上半身の血行を大きく改善します。ひいては、全身の血行をよくすることにつながります。血行がよくなるということは、血管が開くということを意味しています。
つまり、血圧が下がるのです。実際に、合谷刺激の前後で、血圧を測定してみると、多くのかたが20~30mmHgくらい血圧が下がります。
この血圧降下は、一時的なもので、高血圧の人はしばらくすると、また血圧が高くなっていきます。しかし、15分間合谷を刺激すると、その後の2時間程度は、血圧の下がった状態が持続します。
合谷への刺激を継続していくと、血圧が、平均で4mmHg下がるというデータが出ています。つまり、血圧がもともとの高い数値に戻らなくなるのです。
私が合谷への刺激を1日3回とお勧めする理由は、こうした点にあります。200mmHgあった最大血圧が、短期間で120mmHgまで下がった患者さんもいたほどです(最大血圧の正常値は140mmHg以下)。
ちなみに、あまり血圧が高くないかたが合谷を強く押し過ぎると、一時的に血圧が下がり過ぎてふらつくことがあります。その場合は、少し足を高くして横になっていると、すぐに回復します。

この記事は『壮快』2020年9月号に掲載されています。
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