解説者のプロフィール

藤井芳夫(ふじい・よしお)
藤井内科クリニック院長。医学博士。内科認定医。老年病専門医。1979年、神戸大学医学部卒業。85年、同大学大学院にて学位取得。91年、国立療養所兵庫中央病院内科医長に就任。98年に開業。2008年に介護付き有料老人ホーム「Mボヌール」、11年に認知症高齢者グループホーム「Mボヌール」を設立。生活習慣病と、専門分野である骨粗鬆症を中心に診療。在宅医療にも注力している。
※ハチミツは1歳以下の乳児には与えないでください。
食事を受け付けない高齢者も飲んでくれる
私は兵庫県神戸市で、クリニックを開業する傍ら、有料老人ホームの運営に携わっています。この施設の屋上で、ミツバチを飼い始めてから、早10年が経ちました。
養蜂を始めたのは、「銀座のビルの屋上でミツバチを飼育している」という記事を読んだのがきっかけです。「施設で提供する朝食のパンに、採れたてのハチミツをつけて、入居者の皆さんに食べてもらいたい」と、考えたのです。
予備知識もないまま、いきなり専門家に相談。周囲の反対を押し切って、養蜂家に教えを仰ぎ、勢いで始めたミツバチ飼育でしたが、いまやすっかり、生活の一部となりました。
1年のうち、私たちが巣箱から蜜を採るのは、5月から7月の3ヵ月間のみ。あとは、ミツバチの取り分です。それでも、多い年には500kg近くものハチミツが収穫できます。
このハチミツ、そのまま食べたり、料理に使ったりするのはもちろんですが、介護の現場で重宝しているのが、「ハチミツ水」。文字どおり、ハチミツを適量、水に溶いた物です。
高齢者のケアに携わるうち、人生の終わりが近づくにつれて食事を受け付けなくなるケースを、たくさん見てきました。介護する側は、少しでも水分と栄養を口にしてほしいのに、唇はピタリと閉じられたまま。
そんなとき、ハチミツ水を入れた吸い飲みを口もとに運ぶと、唇のすきまからハチミツの甘さが伝わるのでしょう、かたくなに閉じていた唇が少しずつ開きコクリ、コクリと飲んでくれることが多いのです。こうした場面を目の当たりにすると、それは感慨深いものがあります。
ときには、ゼリー状にしたハチミツ水をお出しすることもあり、これも、入居者のかたに好評をいただいています。

巣箱の前に立つ採蜜中の藤井先生
肌に塗ればツルツル!髪につければツヤツヤ!
甘みが穏やかでほのかに香るハチミツ水は、砂糖水より飲みやすく、栄養も優れています。夏は冷やして、冬は少し温めると、さらにおいしいものです。
ハチミツをひと口含むと、なんともいえない甘みと独特の風味とともに、子供のころに食べた記憶がよみがえるでしょう。
「甘い物はおいしい」という感覚は、古今東西、普遍的です。高齢のかたにも、ハチミツを通して、食べる楽しみ、生きる喜びを実感してほしい。そう思いながら、養蜂を続けています。
高齢者は活動量が少ないこともあり、どうしても食が細くなりがちですが、ハチミツの甘みは食欲を増進させます。食欲が落ちる夏場は、特に有用です。
また、ハチミツの甘みやとろみは、嚥下を助けてくれます。実際、私たちの施設では、入居者のかたに苦い漢方薬を飲んでもらうときに、ハチミツを活用しています。スプーンですくったハチミツに、薬をのせて混ぜると、すんなり服用できるようです。
ハチミツの特長としては、ほかに抗菌作用も挙げられます。
巣に集められた花の蜜は、濃縮され、糖度が約80%になって初めてハチミツと呼ばれます。これだけ糖度が高いと、大抵の細菌は生きられません。
また、ハチの集めた樹脂と唾液が混ざった物質は、プロポリスと呼ばれますが、プロは「守る」、ポリスは「都市」、つまりハチにとっての巣を指します。常に温かい巣の中に、細菌やカビが発生しないのは、この「巣を守る」プロポリスの、抗菌・静菌作用のおかげです。
東欧では古来プロポリスを、歯痛や創傷、虫刺されなどの治療や感染症予防に活用してきたそうです。塗布すると治りが早くなるとのこと。私も子供のころ口内炎ができると、親にハチミツを塗られたものです。
外用でいえば、ハチミツには優れた保湿作用があり、しばしば化粧品に配合されます。
とはいえ、化粧品を手作りするのはめんどうなので、私はハチミツを直接、肌に塗ります。手のひらにハチミツを1~2滴落としたら、その5倍くらいの水滴を加えて、手や顔に塗り伸ばすのです。意外にべとつかずツルツルになります。
※肌に塗る際は、必ずパッチテストを行ってください。少量を塗ってしばらく時間をおき、様子を見て、赤みやかゆみなどの異常が現れたら、直ちに中止してください。
また、私の養蜂の師匠は、洗髪後のトリートメントにハチミツを使っています。シャンプーと同量程度のハチミツを手に取り、頭皮と髪になじませ、5分ほどで洗い流すのだそう。これを5回ほど試したら、市販のトリートメントよりも髪がツヤツヤしてきたと喜んでいました。
確かに、ハチミツは頭皮と同じ酸性で、その栄養分やミネラルが皮膚や頭髪に直接浸透することを考えれば、経口よりも合理性があるといえるでしょう。
食品の枠を超えた薬効があるハチミツですが、ミツバチの仕事の第一義は植物の授粉です。一生かかって集められるハチミツは、小さじ1杯ほどといわれています。ハチミツ水をはじめ広く活用し、その恩恵をありがたく享受したいものです。
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ハチミツ水の作り方
※ハチミツは1歳以下の乳児には与えないでください。

【材料】(作りやすい分量)
・ハチミツ…大さじ2杯(約40g)
・水…500ml
※ハチミツの量は好みで調整してよい。

【作り方】
ハチミツを水に少量ずつ溶き入れ、均一に混ぜる。

レモンや塩を加えてもよい。

さまざまな種類のハチミツを試すのもお勧め。
【飲み方と注意】
・1日に500ml~1L程度を目安に飲む。
・冷蔵庫で2~3日は保存可能。
・温めて飲む場合は60度くらいまでを目安にし、加熱し過ぎない。

この記事は『壮快』2020年9月号に掲載されています。
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