解説者のプロフィール

佐野靖之(さの・やすゆき)
佐野虎ノ門クリニック院長、東京アレルギー・喘息研究所所長。1970年、東京大学医学部卒業。米国ネブラスカ州クレイトン大学アレルギー病センター勤務、同愛記念病院アレルギー呼吸器科部長などを経て、2006年に佐野虎ノ門クリニックと東京アレルギー喘息研究所を開設。10年には、ベストドクターズ社が選ぶ、全世界の医師のうち0.6%のベストドクターに選出された。
細菌増殖と炎症を抑えのどの粘膜を保護
セキは、肺や気管などの呼吸器を守るために、外から入ってきたホコリやダニ、カゼのウイルス、細菌などの異物を気道から取り除こうとする生体防御反応です。
ぜんそく患者さんやセキが出やすい人は、気管支が過敏な状態です。タバコの煙や香水の香り、寒暖差、長話、疲労なども、のどを刺激してセキがひどくなるきっかけになります。
ですから、セキの予防には、カゼをひかないよう注意を払うことはもちろん、これらの悪化要因を避けることが重要です。
のどを守り、セキを防ぐ日常の対策としては、適切な湿度(50~60%)を保ち、のどの潤いを保つことがたいせつ。加えて、近年あらためて注目されているのが、ハチミツです。
ハチミツは古来世界各国で薬用や滋養強壮に用いられ、「のどの痛みやセキによい」と伝えられてきました。現代医学においても、その効能が注目され、セキに対する効果を調べる研究が進められています。
たとえば、イランの大学病院において、カゼなどの咳嗽(がいそう)(セキ込むこと)が3週間以上続く、21~65歳までの男女97人を対象に比較試験が行われました。
ハチミツ入りのコーヒーを摂取するグループと、ステロイド剤を摂取するグループ、セキ止め薬を摂取するグループの三つに分け、1週間後にスコア化した咳嗽頻度(セキ込みの具合)を比べたのです。

Raeessi MA, et al., Honey plus coffee versus systemic steroid in the treatment of persistent post-infectious cough: a randomised controlled trial, Prim Care Respir J, 2013;22:325-330.より作図
その結果、ハチミツコーヒーを飲んだグループでは、咳嗽頻度が特に大きく減少しました。
このほか、カゼによる子供の夜間の咳嗽に対して、ハチミツは市販のセキ止め薬と同等以上の効果が見られたとの研究報告もあります。
ハチミツがセキを緩和する理由として、主に二つの作用が考えられます。
❶殺菌作用
ミツバチの巣の中で熟成された生のハチミツは、80%もの高い糖度があります。細菌やバクテリアはその浸透圧で体液を吸い取られ死んでしまうのです。
また、ハチミツに含まれるブドウ糖にミツバチの酵素が反応する過程で、強力な殺菌作用を持つグルコン酸や過酸化水素という物質が生成されます。こうした物質により、口腔内や気管支内の細菌増殖が抑えられ、セキを緩和すると考えられます。
❷のどの炎症を抑え、粘膜を保護する作用
ハチミツをなめたら、のどのイガイガが治まった経験がある人は多いでしょう。ハチミツ独特のとろりとした粘りけには、のどの荒れた粘膜を保護して炎症を抑える作用があります。
また、ハチミツには粘膜の修復を促すビタミンB2やB6などの栄養素も含まれています。これらの作用が相乗効果を発揮して、のどの痛みやセキを抑えてくれるのです。
そのままなめても飲食物に混ぜてもいい
しゃべることの多い仕事や活動をしている人は、声を張るのでセキが止まらなくなることがあります。ハチミツは、特にそういった人の、のどのケアにも適しているでしょう。
そのまま口に含ませてゆっくりなめるほか、飲み物や食べ物に混ぜたりつけたりしてもかまいません。
先に紹介したイランの比較試験のように、コーヒーにハチミツを入れるのも、お勧めです。コーヒーに含まれるカフェインには気管支を拡張させる作用があるため、気道を広げて呼吸を楽にする効果も期待できます。
のどをいたわるために、毎日ハチミツをとるのはよいことですが、とり過ぎは糖分の過剰摂取や肥満につながります。多くても1日30g(大さじ2杯)くらいを目安にしましょう。
また、赤ちゃんがハチミツを食べると乳児ボツリヌス症にかかる恐れがあるので、1歳未満の乳児にはハチミツを与えないでください。
ハチミツのほか、好き嫌いなく、いろいろなのものをまんべんなく食べることも大事です。多種類の栄養素がとれ、免疫力もつきます。高齢者は、やせ過ぎにも注意しなければなりません。特に体をつくるたんぱく質もしっかりとりましょう。
なお、セキの原因には、ぜんそくや肺炎など、治療が必要な病気もあります。セキが1週間以上続く場合や、息苦しさを伴う場合、いったんセキが出たら止まらなくなる場合などは、呼吸器科やアレルギー科の専門医を受診しましょう。

この記事は『壮快』2020年8月号に掲載されています。
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