姿勢のよい状態での呼吸を100%とすると、前かがみの姿勢では20%程度しか空気の出し入れができません。これが、非喫煙者でも肺年齢が高くなる原因の一つです。肺年齢を若返らせる基本的な方法が、「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」です。【解説】奥仲哲弥(山王病院副院長・呼吸器センター長)

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

奥仲哲弥(おくなか・てつや)

山王病院副院長・呼吸器センター長。1958年、埼玉県生まれ。東京医科大学卒業後、東京医科大学呼吸器外科講師を経て、現職。医学博士。国際医療福祉大学医学部呼吸器外科教授。専門は、肺ガンの外科治療、化学療法、レーザー治療。著書に、『長生きしたけりゃ「肺活」しなさい』(小学館)、『肺年齢が若返る呼吸術』(学研プラス)などがある。

背すじを伸ばして息を吐くことに集中

[別記事:ティッシュボール吹矢で肺年齢チェック

私は6年前、呼吸機能検査を受けたときに、異常値が出てしまいました。まさかと驚いたのですが、過去に2年ほどの喫煙歴があるため、当然の結果だったのかもしれません。

そんな自分のためにも、肺年齢(詳しくは別記事参照)を若返らせる方法を考えました。

なかでも基本的な方法が、気道を広げる呼吸法「横笛呼吸」と、呼吸筋を効率的に動かす「ボール抱っこストレッチ」です。

これらを仕事の合間などに行ったところ、61歳の今、ティッシュボール吹矢で6mほど飛ばせるようになりました。呼吸法とストレッチは患者さんにも指導し、「息切れがしなくなった」などの報告を受けています。

横笛呼吸は、横笛のような口の形で息を吐き切ることで、鼻から自然に空気を取り入れる呼吸法です。空気の通り道である気道が広がる効果を期待できます。

私の場合、信号待ちや会計の順番待ちのときなど、すきま時間に横笛呼吸を行っています。長く待つことになっても、横笛呼吸を行っているとイライラせずに済む、というメリットもあります。

ボール抱っこストレッチは、肩甲骨周りの筋肉をほぐすので、深い呼吸ができるようになります。肩こりなどの症状を軽くする効果や、鎮静効果のあるセロトニンが分泌されるので、リラックス効果も期待できるのです。

これら二つの手法には、共通した注意点があります。

息を吐くことを重視

がんばって大きく息を吸おうとすると、肺年齢が高い人はむせてしまうだけでなく、自律神経(意志とは無関係に体をコントロールする神経)の交感神経が優位になり、体が緊張状態になります。そのため、呼吸が乱れてしまうのです。

ですから、息を吸うことは頭の中から追い出して、息を吐くことだけに集中しましょう。肺に入れた空気を吐き切れるようになると、自然と息を深く吸えるようになります。

姿勢

前かがみになっていると、深く呼吸をすることができません(詳細は後述)。前かがみのまま横笛呼吸とボール抱っこストレッチを行っても効果が十分に得られないのです。

背中が丸まったり、あごを突き出した「ストレートネック」状態になったりしないようにしましょう。壁を背にして立ち、後頭部や両肩を壁につけ、背すじが伸びているかどうか確かめてみるといいでしょう。

以上2点に注意し、横笛呼吸とボール抱っこストレッチを実践してみましょう。それぞれのやり方は、下項をご参照ください。

「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」のやり方

横笛呼吸

背すじを伸ばし、肩の力を抜いて行う。
立って行っても、座って行ってもよい。
食後と寝る前は避け、何セット行ってもよい。
毎日続けることが重要。

画像1: 「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」のやり方

唇を突き出さないように、口の真ん中を薄く開いた状態で口を横に広げる(横笛やフルートを吹くときのような口の形にする)。
10~15秒かけて、口から息を吐き出す。
吐き切ったと感じてから、さらに息を吐き切る。

画像2: 「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」のやり方

口を閉じて、鼻から自然に空気を入れる。以上を5回くり返す。

ボール抱っこストレッチ

食後と寝る前は避け、何セット行ってもよい。
毎日続けることが重要。

画像3: 「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」のやり方

足を肩幅に開き、背すじを伸ばし、肩の力を抜く。ひざを軽く曲げて、大きなボールを抱える、あるいは大きな木に抱きつくようなイメージで、両手を体の前で軽く組み、輪を作る。

画像4: 「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」のやり方

①の姿勢から、10秒かけて息を吐きながら、両手を組んだままゆっくり前に出していく。「周りのかたくなった筋肉から肩甲骨をはがす」ように意識する。鼻から自然に空気を入れながら、①に戻る。

画像5: 「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」のやり方

10秒かけて息を吐きながら、両手を組んだまま上半身をゆっくり右にひねる。鼻から自然に空気を入れながら、②に戻る。

画像6: 「横笛呼吸」と「ボール抱っこストレッチ」のやり方

③と同様に、左にひねり②に戻る。以上を5回くり返す。

気道を広げ呼吸筋を柔軟にして肺機能をサポート

なぜ、横笛呼吸とボール抱っこストレッチで、肺年齢が若返るのか。その理由を、肺年齢が高くなる原因と併せて説明しましょう。

20種類以上もある呼吸筋のなかで、中心的な役割を果たしているのは横隔膜です。肺の底にあるドーム型の筋肉で、横隔膜が上下することで呼吸運動が行われます。

肺年齢の要である呼吸筋の衰えは、加齢以上に姿勢が関係しています。テレビを見たりスマホを操作したりなど、現代人は前かがみになりやすい生活を送っています。この姿勢が、横隔膜を動きにくくします。

また、背中が丸まることで、肩甲骨周りの脊柱起立筋や僧帽筋などがかたくなります。肩こりや首の痛みを訴える人のほとんどが、この状態です。肺を取り巻く骨格である胸郭が、呼吸の際にきちんと広がらなくなり、浅い呼吸しかできなくなるのです。

姿勢のよい状態での呼吸を100%とすると、前かがみの姿勢では20%程度しか空気の出し入れができません。これが、非喫煙者でも肺年齢が高くなる原因の一つです。

横笛呼吸を行うと、気管支が広がって息をきちんと吐き出せるようになります。

また、ボール抱っこストレッチは、呼吸筋をほぐして、柔軟性を取り戻します。胸郭の底の部分にある横隔膜が大きく上下できるようになるのです。さらに、肺が収まっている胸郭を広げ、動きをスムーズにします。その結果、呼吸が深くなるのです。

そしてもう一つ、肺年齢が高くなる大きな原因に、「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」があります。COPDとは、息切れがしやすくなる「肺気腫」や、慢性的にセキやタンが出る「慢性気管支炎」の総称です。

厚生労働省の統計によると、COPDによる2017年の死亡者数は1万8523人で、男性の死因別死亡数の第8位でした。世界中でも患者数が増えている肺の病気です。

タバコの煙などの有害物質を長期間にわたって吸い続けると、気管支の壁が厚くなったり、粘膜が腫れたりして、気道が狭くなります。さらに、ガス交換を行う「肺胞」が、弾力を失い縮まなくなります。こうして、徐々に息を吐き出す力が衰えていき、COPDを発症するのです。

COPDは、罹患者の喫煙率が高く、「タバコ病」と呼ばれていました。しかし、タバコをやめた人や非喫煙者でも、COPDにかかるリスクがあります。

非喫煙者でもCOPDを発症する原因は、「受動喫煙」です。30~40年前までの日本では、飲食店などで喫煙が認められていたので、部屋の中を煙がモクモクと漂っている状況は珍しくありませんでした。その煙によって、肺にダメージが与えられたのです。

COPDの患者さんと予備軍は800万人と推定されているので、現在の患者数の約40万人を引いた760万人が「隠れCOPD」といえます。

残念ながら、一度ダメージを受けた肺を、元通りにすることはできません。しかし、細くなった気道を横笛呼吸で広げ、ボール抱っこストレッチで呼吸筋を柔軟にすることで、COPDで弱った肺機能をサポートすることができます。

毎日続ければ2週間~1ヵ月で呼吸機能が改善

横笛呼吸とボール抱っこストレッチは、食後と寝る前を避ければ、いつ行ってもかまいません。やるのに効果的な時間帯というのは特になく、1日に何回も行うよりも、毎日続けることが大切です。

適切な呼吸法や、呼吸筋を柔軟にする体操を、1ヵ月続ければ、見違えるほど呼吸機能が改善します。私もたった2週間で効果を実感したので、肺年齢が高い人や、呼吸器に不調のある人は、ぜひ今日から取り組んでほしいと思います。

[別記事:ティッシュボール吹矢で肺年齢チェック

息切れやかすれ声、動悸が改善した例も

ここでは、「横笛呼吸」や「ボール抱っこストレッチ」により、呼吸器の不調が改善されたかたの症例の一部を紹介します。

酸素吸入が不要に(Aさん・70代男性)
私はテレビの情報番組などに出演する際など、芸能人のかたとお話しする機会が多く、呼吸に関することで相談を受ける場合も珍しくありません。その一人が、俳優のAさんでした。

Aさんの出演するドラマでは走るシーンが多く、ワンシーンの撮影で全力疾走をしたあと、ハアハアと息苦しくなっていました。そのため、全力疾走のあとには、必ず酸素吸入をしなければなりませんでした。呼吸が整わなければ、次のシーンが撮影できないからです。

「自分が酸素吸入している間、現場がストップしてしまうんです。ほかの共演者を待たせるのが、とても嫌なんですよ」と、Aさんは話していました。見た目はとても若々しいのですが、年齢に加え、長年タバコを吸ってきたために、呼吸機能がかなり低下していると推測できます。

そこで、私は横笛呼吸やボール抱っこストレッチなどを教えました。プロ意識の強いAさんはまじめに取り組んでくれたそうで、1ヵ月経ったころでしょうか、「息が上がらなくなって、酸素吸入せずに済むようになりました」とうれしそうな表情を見せてくれました。

かすれ声が回復(Bさん・70代男性)
Bさんは仕事と子育てを卒業したあと、小型クルーザーを購入しました。夫婦二人でのクルージングを楽しみにしていたのです。しかし、声にかすれがあるのに気づいて「海の上でもしものことがあっても、それを妻に伝えられないのでは」と不安になったそうです。

そこで、Bさんには院内のボイスセンターを紹介し、声帯の周囲の筋肉を鍛えるトレーニングを受けてもらいました。

それにより、声の不調は消えましたが、そのあともBさんは自主的に横笛呼吸やボール抱っこストレッチなどを続けたそうです。その結果、半年後には体力まで回復したことを実感していると報告してくれました。

呼吸機能が低下すると、息苦しさに加えて、「声がかすれてしまって、大きな声が出せない」と訴える患者さんが少なくありません。自分では「おーい」と大声で呼び掛けているつもりなのに、相手に気づいてもらえないことがストレスになるようです。

動悸や発汗が解消(Cさん・40代女性)
横笛呼吸やボール抱っこストレッチには、更年期障害と思っていた動悸や息切れが解消した例もあります。

Cさんは、動悸や息切れ、発汗が頻繁に起こるようになり、大学病院の更年期外来を受診しました。すると、呼吸器疾患の可能性が指摘されて、私が診察することになったのです。

CT検査(コンピュータ断層撮影)を行ったところ、内臓脂肪が横隔膜を押し上げていることがわかりました。その結果、脂肪で肺が圧迫されて、息苦しくなっていたのです。それに伴い、動悸や息切れなど、更年期障害と同じような症状が出ていたのでした。

そこで、体重を落としながら、横笛呼吸やボール抱っこストレッチなどを取り入れてもらうことにしました。こうして3ヵ月でCさんの体重は5kg落ち、おなか周りがすっきりして呼吸もかなり楽になりました。頻繁に動悸や発汗に悩まされることもなくなったそうです。

呼吸器が弱るとシャンプーがつらい

このほかにも、横笛呼吸とボール抱っこストレッチを実践した患者さんからは、シャンプーするときの苦しさが軽減したり、歩くペースが改善したりといった話を聞いています。特に女性の場合、男性とはまた少し違い、「シャンプーするときが苦しい」という声をよく聞きました。

最初は「どうしてだろうか」と私も不思議に思っていたのですが、髪にお湯をかけるときには前かがみになって数秒間、息を止めなければなりませんし、シャンプーで髪を洗うときには頭まで手を上げなければなりません。このような一連の動きが、呼吸機能が弱っている人には大きな負担になっているのだと思い当たりました。

また、友だちと同じペースで歩けないことも、女性にはストレスになっているようです。グループで出かけたときに一人だけ後れをとり、「ちょっと待って」と声をかけなければならず、みんなに迷惑をかけることを申し訳なく思うそうです。

そのために友だちづきあいが減って、家にひきこもりがちになると、ますます呼吸機能は衰えます。歩くペースが遅れるのは、足腰の痛みや筋力の衰えだけでなく、呼吸機能の低下も大きな原因になります。

このようなことが思い当たる場合は、横笛呼吸とボール抱っこストレッチを毎日の習慣として取り入れるといいでしょう。

動悸や息切れ就寝中のセキやのどにからむタンなどは、更年期や加齢ではなく、呼吸機能の低下が引き起こしている場合もあります。横笛呼吸やボール抱っこストレッチで改善できる可能性も高いので、ぜひ取り組んでほしいと思います。

[別記事:ティッシュボール吹矢で肺年齢チェック

画像: この記事は『壮快』2020年8月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『壮快』2020年8月号に掲載されています。

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