解説者のプロフィール

熱田了(あつた・りょう)
秋葉原あつたアレルギー呼吸器内科クリニック院長。1966年、三重県生まれ。92年、順天堂大学医学部卒業。カナダブリティッシュコロンビア大学セントポール病院など、国内外でアレルギー・呼吸器領域の研鑽を積み、順天堂東京江東高齢者医療センター呼吸器内科科長、順天堂大学呼吸器内科先任准教授等を経て、2018年に秋葉原 あつたアレルギー呼吸器内科クリニック開業。順天堂大学呼吸器内科非常勤講師。
▼秋葉原あつたアレルギー呼吸器内科クリニック(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
セキが出るのは体の防衛反応
私は呼吸器疾患やアレルギー疾患が専門で、順天堂大学呼吸器内科で長年ぜんそく領域のリーダーとして診療、研究、教育に携わりました。今は開業し、長引くセキやぜんそくなどの症状を中心に診察しています。
呼吸器疾患の原因は、疾患によって異なり、その要因は多岐に渡ります。呼吸器は24時間365日、外気と接しているため、喫煙や大気汚染、ホコリ、ダニなどの外的要因の影響を受けやすいのが特徴です。
遺伝的要因も当然ありますが、歳を重ねるにつれて、今までの生活歴や生活環境歴の影響が大きくなるのです。
セキは、体内に入り込んだ異物を外に出そうとする体の防衛反応の一つです。セキが出る機序は大きく三つあります。
❶反射性のセキ
❷随意的なセキ
❸気道へのなんらかの刺激による、のどのイガイガのため生じるセキ
です。
一般的には、セキの原因となる炎症や異物が、のどや気管支などにある、センサーの働きをする咳受容体を刺激したり、ぜんそくなどでは咳受容体の感受性が亢進したりして、セキが出ます。
また、日常のストレスにより、物事を考える大脳皮質から、咳中枢に影響が及んでセキが出ることもあります。その最たるものが心因性咳嗽(がいそう)です(詳細は後述)。
こうしてセキが続くと、体力を消耗したり、夜眠れなくなったりなど、QOL(生活の質)が著しく落ちてしまいます。
セキが出る基本的なしくみ

ウイルス、細菌などの異物や気道の炎症により、咳受容体が刺激されたり、その感受性が亢進したりすると、咳中枢に刺激が伝わる。

咳中枢が体に指令を出して、セキが出る。
セキの種類は、タンを伴う湿性咳嗽と、タンを伴わない乾性咳嗽に大きく分けられます。
また、症状の期間でも、3週間未満のセキは急性咳嗽、3週間から8週間未満のセキは遷延性(せんえんせい)咳嗽、8週間以上続くセキは慢性咳嗽と分けられます。
3週間未満の急性咳嗽なら、カゼやインフルエンザなどの感染症が大半です。3週間から8週間の遷延性咳嗽なら、ぜんそくなどの感染症以外の病気の可能性も考えられるようになります。8週間以上の慢性咳嗽は、肺ガンなど、感染症以外の病気を疑う必要があります。
原因によって治療法はさまざま
●肺炎

細菌やウイルスなどの異物が肺に入り炎症が起こる
肺炎は、空気中のウイルスや細菌などのばい菌が肺に入り込んで感染し、炎症を引き起こします。肺の咳受容体がばい菌に刺激され、セキが出るのです。
一般に肺炎は、発熱と、タンが多いセキが生じ、場合によっては呼吸困難に陥ることも。菌量が多い環境だったり、ばい菌に対する免疫力が低下している場合もかかりやすくなります。
高齢者に多い誤嚥性肺炎は、加齢により、気道に蓋をする喉頭蓋の働きが衰え、気道に口内の雑菌や食べ物が入り込んで起こる細菌性肺炎です。セキや発熱が起こります。
肺炎の治療は、細菌性肺炎であれば、抗菌薬を処方します。ほかにひどいセキやタンなどの症状を抑えるために、セキ止め薬や去痰(きょたん)剤を使います。誤嚥性肺炎の場合は、口腔内をきれいに保つことも重要です。
今、流行っている新型コロナウイルス感染症は、37.5度を超えるような発熱や、強い倦怠感、呼吸困難、嗅覚・味覚障害が特徴です。軽症ではカゼと同じ症状ですが、肺炎になり重症化すると、人工呼吸器が必要になることがあります。肺の端にある、体内のガス交換を担う肺胞に居着く性質を持つので、肺胞の防御バリアが壊れている喫煙者は、重症化リスクが高いのです。
また、糖尿病などの基礎疾患があり、免疫力が低下している人も、かかりやすいでしょう。
新型コロナに限らず、感染症は悪化のスピードが早いのが特徴です。発熱や強い倦怠感、息切れなど重症化のサインがある人は、迅速に検査を受け、個々に見合った適切な治療を受けることが非常に大切です。
●ぜんそく

遺伝的要因やハウスダストなどで気道が狭くなる
ぜんそくは、気道に炎症が起こり気道が収縮して狭くなる病気です。発作性のセキや呼吸困難、ゼーゼー、ヒューヒューといった胸の音が鳴る喘鳴(ぜんめい)が起こります。咳ぜんそくは、ぜんそくとほぼ同じ病態ですが、喘鳴が1回もないのが特徴です。
ぜんそくや咳ぜんそくの原因は、親がぜんそく持ちといった遺伝的要因と、家のホコリやダニ、カビ、ペットの毛などのアレルゲンから起こる、環境要因があります。そして、主に気道の炎症による過剰な刺激や、咳受容体の感受性亢進によって、セキが生じます。
ぜんそく、咳ぜんそくともに、気道の炎症を抑えるために吸入ステロイド薬を使ったり、気道の収縮を改善するために気管支拡張薬を処方したりします。
また、アレルギー要因を持つ中年女性に多く、セキやのどがイガイガする症状が現れるのがアトピー咳嗽です。この病気は、中枢の気道(内径2mm以上の太い気道)の炎症により、気道の咳受容体の感受性が亢進してセキが生じます。アトピー咳嗽には、抗ヒスタミン薬やステロイド薬を投与します。
ストレスによってセキが出ることも
●COPD

喫煙で肺胞が壊れてしまい、肺機能が低下
ほかに長引くセキを伴う病気には、高齢の喫煙者に多い慢性閉塞性肺疾患(COPD)があります。喫煙により、肺胞が壊れてしまう病気です。
セキやタンのほか、階段を上るなど、負荷がかかった際に息苦しさを感じる「労作性呼吸困難」が生じます。症状をこれ以上増悪させないためにも、禁煙が必須。気管支を広げたり、タンを出して、肺をきれいにしたりする治療が主体となります。
●心因性咳嗽

ストレスにより、咳中枢に影響が及んでセキが出る
もう一つ、ストレスを感じたときにセキが出る心因性咳嗽があります。職場ではセキが出るのに、休日は出ない、などセキが出る場面が変わったり集中したりするケースや、夜中に全くセキが出ない場合は、心因性咳嗽の可能性があります。
基本は、ほかの病気の可能性を潰してからの除外診断となります。重篤な病気でないとわかると不安がなくなり、症状が改善する場合もあります。ほかに、気分をリラックスさせる薬を使ったりします。
いずれにせよ、セキに伴い、発熱やだるさ、息苦しさがある場合は、重症化のサインなので、ほうっておかずに速やかに受診してください。
また、セキが長引いて3週間を超える場合も、必ず医師に診てもらってください。
セキを予防するには、喫煙者はまず禁煙すること。また、辛い物はセキを誘発するカプサイシンを含むので、避けるようにしてください。

この記事は『壮快』2020年8月号に掲載されています。
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