解説者のプロフィール

中川雅文(なかがわ・まさふみ)
国際医療福祉大学病院耳鼻咽喉科教授。医学博士、日本耳鼻咽喉科学会専門医・指導医。2011年から現職。一般社団法人日本メイクリスニングセーフ協会理事。聞こえと認知機能、コミュニケーションと学習など広い視点から難聴予防や聞こえと脳の健康について、さまざまな情報発信や啓発活動を行っている。
耳の酷使や血行不良が聞こえが悪くなる原因
音を聞くしくみについて、まず、おさらいしましょう。耳は、外耳 ・中耳・内耳の三つの部分からなります。
外耳は、耳介と外耳道からなる部位で、ラッパを逆さまにしたような構造をしており、「外界の音=空気の波動」を取り込み、鼓膜に伝えています。
空気の波動は、中耳にある鼓膜を振動させ、耳小骨という三つの小さな骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨の三つ)を介してその振動を内耳に伝えます。耳小骨の持つテコの原理によって、空気の波動は、減衰することなく内耳へと伝えられます。
内耳は、蝸牛と三半規管からなる部位です。蝸牛で音の波動を受け止めています。蝸牛の中はリンパ液で満たされていて、耳小骨の振動がリンパ液の波動へ置き換わり、その波が蝸牛の中にある有毛細胞の感覚毛を刺激します。
そして有毛細胞で生じた電気信号が、聴神経を伝わり、脳へと音の情報として伝わるのです。

しかし、耳から脳へと音を伝える力は、年齢とともに徐々に衰えていきます。衰えの原因は、音の聞き過ぎや耳の酷使、喫煙や高血圧、糖尿病といった末梢循環の障害(動脈硬化)によるものです。耳も臓器の一つですから、血行不良は老化の原因になるのです。
音の聞き過ぎや耳の酷使として、爆発音や衝撃音が悪いというのは容易にイメージできます。
一方で、大きな音でなくても、長い時間にわたって聞き続けると、同じように有毛細胞が疲弊し、難聴が進行します。有毛細胞はひとたび壊れてしまうと、元には戻りません。音とのつきあいかたには注意が必要です。
難聴予防の基本は、大きな音からの耳のダメージを避けること。そして、有酸素運動と食に注意することで血管を若く保ち、動脈硬化を防ぐことがとても重要です。
耳ストレスを解消し耳鳴り、めまいを撃退
さて、耳から脳に音の情報を伝える働きは、内耳から脳に向かう聴神経の経路がメインですが、耳の周囲に神経の枝を分布させている顔面神経や三叉神経、迷走神経も重要な役割を担っています。
これらの神経が、耳鳴りやめまい、頭痛といった症状を悪化させる原因になることがあるのです。
顔面神経は、表情筋をつかさどる神経ですが、アブミ骨筋もコントロールしています。アブミ骨筋は耳小骨の動きをコントロールしており、ちょうど、車の乗り心地を調整する自動制御サスペンションのように音のうるささを調節しています。
しかしストレスのかかっているときは、表情がかたまるだけでなく、アブミ骨筋もうまく働かなくなります。「音が響く」「うるさく聞こえる」といった耳ストレス(音過敏)を引き起こすのです。
三叉神経は、鼓膜張筋という鼓膜の張り具合を調整する筋肉を調節しています。この筋肉が緊張し過ぎると音がキンキン響いたり、耳閉塞感や聞こえの低下といった症状を引き起こしたりします。
長引けば、耳鳴りやめまい、頭痛に進展することもあります。なるべく早く耳ストレスを解消することが大切です。
最後は、迷走神経です。この神経は自律神経の一つで、概日リズムと呼ばれる生体のリズムや、心臓や胃腸の動きなどを正常化するように調節している神経です。しかし、不規則な生活や睡眠不足が続くと、迷走神経の働きそのものが不安定になってきます。
この神経は、耳の周囲にもたくさんの枝を分布しており、迷走神経の乱れは耳鳴りや難聴、めまいといった、耳の不調をより一層つらい症状に悪化させることがあります。さらに、迷走神経の乱れは、うつ病などの精神疾患につながることもあります。
さて、こうした耳の不調で困っている人に伝えたい、とっておきのセルフケアがあります。
耳の周囲をやさしく撫でたり、押したりつまんだりと刺激を与えるのです。すると、その周囲に内因性神経伝達物質が放出され、コリやハリが和らぎます。
トリガーポイントと呼ばれる点を刺激すれば、筋肉を覆っている筋膜のこわばりを解消することも各種研究から明らかになっています。
わたしは、耳のツボを刺激する「耳の突起もみ」でもそうした効果が期待できるのではないかと考えています。耳ストレスや耳の不調に悩む人は、ぜひセルフケアの一つに取り入れてみてください。
[別記事:耳の穴もみのやり方→]

この記事は『壮快』2020年7月号に掲載されています。
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