感染リスクを避け実家で生活
新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)が周りで話題になり始めたのは、今年2月に入ってからだったでしょうか。
メディアの報道から、その恐ろしさは、十分に理解していたつもりです。それでも、まさか私たち夫婦が新型コロナに感染するとは、夢にも思いませんでした。
私はショー・ダンサーとして、劇場などに出演する一方、アーティストから依頼を受け、舞台衣装を制作しています。夫も、会社勤めの傍ら、バンド活動をしており、夫婦してエンターテインメントの世界にかかわっています。
新型コロナの感染拡大により、ライブハウスやナイトクラブ、キャバレーなどが「密閉・密集・密接」のいわゆる「3密」に当たるとして、営業自粛を余儀なくされていたのは、ご存じのとおりです(4月下旬現在)。
とはいえ、私たちは出演するのも仕事。日ごろから、「お互い気をつけようね」と、夫婦で話していました。
私はふだんから、認知症で要介護の母の世話をするため、定期的に実家に通っています。自宅との距離は、電車で2時間ほどです。新型コロナが流行し始めてから、この2時間が感染のリスクになると考え、一時的に私だけ実家で生活することにしました。それが、3月31日のことです。
3月31日(火)
「発熱でインフルの疑い」
日中の夫は、いつもと変わらず、元気で私の荷物運びを手伝ってくれました。けれども夕方、「体がだるいから、ちょっと横になるね」と、寝室に向かいました。
夫は一人で自宅に帰る予定だったので、夜になり様子を見にいくと、とてもつらそうです。熱を測ったところ、なんと39度を超えていました。とにかく体がだるく、節々が痛むとのこと。
セキや鼻水などの症状はいっさいありませんでしたが、なにしろ突然の高熱だったので、真っ先にインフルエンザを疑いました。ただ、もう病院は開いていません。
とりあえず、夫をそのまま部屋に寝かせ、翌日、病院に行くことにしました。
4月1日(水)
「インフル陰性でPCR検査」
翌朝いちばんに、近所の内科に電話をしたところ、「患者がいないタイミングで連絡するので、そのときに来院を」と指示を受けました。夫の体温は38度台で、すでに熱は下がりつつありました。
昼ごろ、夫が一人で向かうと、医師がインフルエンザの簡易検査と血液検査をしてくれました。そこで、インフルエンザが陰性だったため、そのまま、新型コロナの「PCR検査」を受けることになったのです。
ニュースで、「PCR検査を受けられない人が多い」と報道されていたので、検査を受けてきたと夫から聞き、とても驚きました。
PCR検査はインフルエンザの簡易検査と似ていて、医師が長い綿棒を鼻に入れ、粘膜の成分を採取。それを検体として保健所に送ると、保健所から後日、検査結果が通知されるのだそうです。
夫は、内科医から、解熱鎮痛剤の「カロナール」、気管支拡張や粘膜修復の作用がある「ムコダイン」と「麦門冬湯」という漢方薬を、1週間分、処方されました。
この日は母の訪問診療だったので、担当の医師に現状を相談。私は私で、用心のため、市販の「葛根湯」と「麻黄湯」という、カゼ症状に効く漢方薬を飲むことにしました。
4月2日(木)
「夫の熱は下がるが、私に感染?」
夫は、もらった薬が効いたのか、翌朝には体温が37度台まで降下。ただ、体のだるさと、関節の痛みは残っているといいます。
一方で、この日から私も発熱。37度3分程度の微熱ですが、のどが乾燥したり、セキやくしゃみが少し出たりと、カゼのひき始めのような症状が現れたのです。

夫に続いて発熱したダンサーのFさん
4月3日(金)
「保健所からの電話で陽性と判明」
発熱から3日め、夫の体温はまだ37度台でしたが、だるさや関節痛は、だいぶ楽になったとのこと。私はといえば、微熱も、カゼの初期のような症状も、前日と変わりありません。
保健所から連絡があったのは午前中のことでした。家に直接、電話がかかってきて、「PCR検査の結果は陽性。新型コロナウイルスに感染している」と、告げられたのです。
本来なら即入院ですが、今は病床の空きがない。とにかく人との接触を避けて、手洗いとうがいを念入りに実践し、自宅で療養するように、と指示されました。
ちなみに夫は、このときの電話で、発熱2日前から利用した交通機関や、職場の状況など、身の回りのことを細かく聞かれたそうです。夫は症状が出るまで、自宅のある千葉から都内に通勤していましたが、感染源には全く心当たりがありませんでした。
なお、勤務先には、「職場で感染者が出た」という連絡が保健所からいきます。
保健所には、いわゆる「濃厚接触者」である私も微熱やカゼ症状があること、高齢で要介護状態の母がいることを伝えました。
そのうえで、PCR検査の可否を聞いたところ、回答は「心配なら受けてもいいが、症状が軽いので受けなくてもいい。ただ、感染の可能性もあるので、移動はしないで」と、あやふやなものでした。
検査を受けたい気持ちはありましたが、それには移動が必須。けっきょく、検査は受けず、家にとどまることにしたのです。
そしてこの日から、家族内での隔離生活が始まりました。実家には、個室といえる部屋は二つしかありません。それぞれを、夫と母に割り当て、私はこの2部屋をつなぐ廊下で生活しながら、二人を世話することになりました。
幸い、食料の買い出しは、近所の友人が手伝ってくれました。友人が玄関先に置いてくれた食材を、なるべく加熱して調理し、両方の部屋に運びます。夫の部屋に運ぶときは、手袋を着用しました。
お風呂は、夫が最後に入ることにして、夫が出たあとは隅々まで市販の消毒薬で拭き上げます。トイレも、窓を全開にして用を済ませたら、夫が触ったところは、とにかく消毒、消毒です。
4月4日(土)
「私の鼻の奥に違和感」
夫はこの日も、体温は相変わらず37度台でしたが、だるさや関節の痛みは、ほとんど消えたようです。
引き換えに、今度は私が体にだるさを感じるようになりました。体温は、日中は36度5分に下がりましたが、夜にはまた37度台に。そしてこの日の夜中、鼻の奥がジリジリと炎症を起こしているような、妙な感覚を覚えました。
4月5日(日)
「夫は快復し私は嗅覚と味覚に障害」
翌朝のこと。飼いネコのフンの始末をしていて、ほとんどにおいを感じないことに気づきました。
そのあと、朝食をとっていても、ご飯の味がわからず、これはさすがにおかしいと思いました。おかずがしょっぱいとか、甘いとか、そういった感覚がないのです。
「新型コロナに感染すると、嗅覚や味覚に障害が出る」と聞いていたので、「これか!」と実感。
夫には、こうした障害は現れず、この時点で平熱に戻りました。久々に庭に出て、太陽の光を浴び、喜んでいました。
4月6日(月)
「私も平熱に戻り、ほぼ快復」
夫に続き、翌日には私も、ようやく平熱に戻りました。のどが乾燥したときに、数回セキが出ますが、症状はその程度です。

保健所から渡されたプリント
「新型コロナウイルス感染症で自宅安静をお願いされた方へ」
・ 治療方法は普通のカゼと変わらないので自宅で安静に。
・ 同居家族とは極力接触しない。
・ 入浴は自分が最後に。トイレは可能なら家族と分ける。
・ 過度な情報収集はよけいに不安になるので控える。
などといった、生活上の注意点が書かれている。
4月7日(火)
「保健所から確認の電話」
発熱から1週間が経った4月7日、保健所から連絡を受けました。
体調や現状を聞かれ、ありのままを回答。
「私も陽性だと思うが、PCR検査は」とあらためて確認したところ、「検査数が多くて間に合っていないので、軽症者には受けてほしくない。万一容体が急変した場合は、まず保健所に連絡を」とのことでした(今は、このときと、保健所の対応は変わっているようです)。
加えて、我が家に新型コロナの感染者がいることは地域の消防本部も把握済みなので、119番に電話したとしても、適切な対応が可能なのだそう。それを聞いて、少しだけ安心しました。
心配だったのは、休んでいる仕事のことです。「このあと、いつから復帰していいか」と尋ねたところ、「症状が完全に消えてから2週間が目安だが、あとは勤務先の判断」との答えでした。
夫はともかく、私は個人事業主なので、自分で決めるしかないのでしょう。
新型コロナ、その後……
夫は、体調こそ完全復活していますが、職場復帰については、現状、めどがついていません。
というのも、PCR検査で「陽性」と診断されると、一度入院して再検査を受け、「陰性」とわかるまでは、復帰できないのだそうです。
そもそも、ベッドの空きがないから自宅療養していたわけで、入院先が確保できない以上、再検査は受けられないというわけです。
夫の職場はテレワークによる在宅勤務が難しく、このまま復職できなければ、我が家は大幅に減収。二人して、頭を抱えているところです。
私の嗅覚・味覚障害は徐々に改善し、今はもう、ほんの少し違和感が残るだけになりました。
人と会うのは避けなければなりませんが、電話やメールでの打ち合わせなど、人と接触せずにできる仕事を少しずつ再開しています。ただ、舞台衣装づくりは、万一、布地にウイルスがついてはいけないので、今のところ控えています。
なにより幸いだったのは、高齢の母への感染が防げたことです。けっきょく母は一度も発熱せず、今も元気に過ごしています。
ツイッターで情報を発信
「夫が、そしておそらく私も、新型コロナに感染した」ということを、ツイッターで公開したのは、4月6日のことです。(ツイッターアカウントは、@deliciousstage)
誹謗中傷を受けるかもしれないという不安もありましたが、「身近な人に新型コロナの怖さを伝えたい」という一心でした。
ところが、私たちの感染を知った友人から、消毒液やマスクなどが続々と到着。温かい言葉をかけてくれ、支えてくれた人には、感謝してもしきれません。
感染者のなかには、重症化して亡くなる人もいます。私たちの場合はたまたま軽症で、正直、普通のカゼ程度でした。これが、新型コロナの恐ろしいところ。
知らないうちに自分が、周りにウイルスをまき散らしているかもしれないのです。
新型コロナへの感染は、人生を一変させてしまいます。自分を、大切な人を守るために、「私も感染者かもしれない」という意識を、皆が持ってほしいと願っています。
こうして私の体験を話すことが、一人でも多くの人を新型コロナ感染から守ることにつながれば、幸いです。
手洗い、うがい、消毒のほか鼻呼吸も感染予防に有効(みらいクリニック院長 今井一彰)
新型コロナウイルスの影響は甚大であり、医療現場でも混乱を極めています。当院も患者さんのために診療を続けていますが、常に不安と隣り合わせです。
実践している対策は、一般にいわれるとおり、換気をよくして、うがいや手洗い、消毒を徹底したうえで、マスクの着用。今は、それしか手段がありません。
当院では、院内で作製した高濃度の次亜塩素酸水を、消毒液として拭き取りに使用。マスクも、滅菌したうえで再使用しています。
正直なところ、新型コロナ問題において、行政と医療機関との連携は不十分です。当院は、福岡県福岡市にありますが、地域の保健所と、ほぼ連携が取れていないのが現状です。
4月下旬の現時点では、医師会との協力体制も確立していません。不安をあおるわけではありませんが、医療従事者も、皆さんと同様、対応に困惑しているのです。
新型コロナウイルスQ&A(厚生労働省ホームページより作成) | |
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感染経路は? | 主に飛沫感染と接触感染 |
症状は? | 発熱、セキなどの呼吸器症状。強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難) |
潜伏期間は? | 1日~最大で14日 |
予防法は? | 手洗いや手指の消毒、マスクの着用、人込みを避ける |
治療方法は? | 抗ウイルス薬はない。対症療法として解熱剤や鎮咳薬(セキ止め)の投与、点滴の実施 |
重症者は? | 感染者の約2割。高齢者、基礎疾患のある人 |
かかったかも……? | 最寄りの「帰国者・接触者相談センター」または保健所に相談を! |
さて、Fさんの場合、ご主人が新型コロナウイルスのPCR検査で陽性と判明しました。昨今の情勢のなかで、スムーズに検査を受けられたことは幸運でした。
自覚症状は、高熱と体のだるさ、関節の痛みが主で、セキや鼻水はなかったとのこと。もちろんインフルエンザの疑いもありますが、腎盂腎炎など、ほかの病気でも似たような症状が現れます。
新型コロナによるものか否かの判断には、検査が欠かせません。疑わしい症状が現れたときは、まずは地域の「帰国者・接触者相談センター」か、保健所に相談しましょう。医療機関を受診する場合は、事前に電話されることを強くお勧めします。
なお、これからは対面診療ではなく、スマートフォンなどを活用して「オンライン診療」を受けるという方法もあります。新型コロナ感染拡大を受け、4月13日から、特例の時限措置として、初診の患者さんでもオンライン診療が認められるようになりました。
新型コロナの診断には検査が欠かせないとはいえ、現行のPCR検査は、偽陽性(陰性なのに陽性とされる判定)がある程度出ることが避けられない点が問題視されています。
今後は、より正確性の高い抗体検査の導入が進むでしょう。そのときまで、たとえPCR検査で「陰性」という結果が出たとしても、油断は禁物です。
さて、Fさんは、ご主人とは部屋を隔離し、とにかく消毒に努めているとのこと。感染者を抱える家庭として、非常に模範的な生活をされていると思われます。
Fさんのような濃厚接触者に、カゼに似た症状が現れ始めた場合、葛根湯と麻黄湯を服用することは、お勧めできるでしょう。
なお、ふだんの予防としては、上記に述べたほかに鼻呼吸を心がけましょう。鼻呼吸により、ウイルス死滅に有効とされる一酸化窒素が、鼻腔内の粘膜で産生されるからです。
医師としても、一人の人間としても、この非常事態が一日も早く収束することを、切に願います。

この記事は『壮快』2020年7月号に掲載されています。
www.makino-g.jp