解説者のプロフィール

中村篤史(なかむら・あつし)
ナカムラクリニック院長。医師。神戸市中央区にて内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー療法を行う「ナカムラクリニック」を開業している。対症療法ではなく、根本的な原因に目を向けて症状の改善を目指す栄養療法を実践している。ナカムラクリニックの「院長ブログ」にて健康情報などを配信中。http://www.clnakamura.com/
甘い物やお酒に対する強い欲求が自然となくなる不思議な食べ物
「お酒や甘い物が大好きで、もう少し控えた方がいいのは分かってはいるんだけど、どうにもやめられない」という人は、少なからずいるのではないでしょうか。
僕が患者さんを診てきた中で、「甘い物は好きではないし、めったに食べません」と言う人は、見たことがないです。アルコールも同様で、当院に来院された女性患者さんで、こんな人がいました。
「アルコール依存症というわけではないと思いますが、『晩酌の量が多過ぎる』と夫から言われているんです。飲む量は、500mlビールを2本飲んだ後、ワインボトル1本空けて、次にハイボール。そのときの気分次第だけど、4~5杯は飲むかな。多いですか? でも、昔からそんな具合なんです」
この女性は、飲み始めると、ある程度しっかり酔っ払った状態にならないと満足できないそうです。とはいえ、飲むのは晩酌のときだけだし、昼間は普通に仕事も家事もできているとのこと。「少しだけ飲んでやめる」ということができないという、お悩みでした。
そこで僕は、この患者にナイアシン(ビタミンB3)500mg1錠を、毎食後に飲むように指示しました。すると1ヵ月後、来院した彼女はこう言いました。
「不思議なんですけど、そんなに飲みたいと思わなくなったんです。『飲めなくなった』わけではなく、ただ、晩酌のときに缶ビールを1本飲んだら、何か『もういいかな』という気持ちになるんです」
彼女自身、この変化に少し戸惑っているようでもありましたが、発見もあったようです。
「この状態になって初めて気づいたんですけど、時間が有意義に過ごせますね。娘ときちんと向き合って話したり、本を読んだり。お酒の楽しさ以上のものがあることを、ずいぶん長く忘れていたようです」
今では、毎晩ビール1杯だけでも満足できるようになったそうで、「私の人生で初めてのことです」と言ってました。
ナイアシンのアルコール依存症に対する有効性は、1954年にエイブラハム・ホッファー博士とハンフリー・オズモンド博士によって報告されました。以来、多くのアルコール依存症患者が、このビタミンによって救われています。
実際、「アルコール依存症というのは、ナイアシン欠乏症のことだ」と指摘している論文や、さまざまな比較試験も実施されていて、科学的なエビデンスは確立されています。
お酒をやめるのを助ける処方薬の「シアナマイド」や「ジスルフィラム」といった抗酒薬は、いわば「体を下戸にする」作用があります。
つまり、抗酒薬を服用した状態で酒を飲めば、アセトアルデヒド(アルコール代謝物)の分解が進まず、二日酔いのような不快な症状に苦しむことになります。
酒が心地よさどころか、不快感をもたらすとなっては、誰しも酒を飲まないでおこうと思うものです。こういう具合に、飲酒を「罰ゲーム」にするのが抗酒薬の効き方なんですね。
一方、ナイアシンの効き方はまったく違います。
ナイアシンを飲んだ後に酒を飲んだからといって、特にどうということはありません。ただ、不思議と、以前のような強い飲酒欲求が消失するのです。
なぜナイアシンが効くのかということについて、いくつかの機序が想定されています。
NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)の産生によるエネルギー代謝の改善、糖・脂質代謝の改善、腸内細菌叢の改善などが言われていますが、ここでは、ナイアシンによる糖代謝の改善効果に注目しましょう。
こんな論文があります。
『ナイアシンはアディポネクチン分泌、グルコース耐性、インスリン感受性を改善する』(※出典:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2314808X15000615)
「アディポネクチン」ってご存じでしょうか? これは脂肪細胞から分泌されるホルモンの一つで、テレビ番組などでは「若返りホルモン」「長生きホルモン」とも呼ばれています。
アディポネクチンの作用は、ごく簡単に説明すると、血糖値の乱降下を防いで安定させ、炎症や動脈硬化の予防に役立つというものです。
そして、ナイアシンを摂取することによって、アディポネクチンの分泌が活発になる、というのが上記論文の見出した知見です。
では、アルコール依存と糖代謝がどう関係するのでしょうか。
そもそもお酒(特に醸造酒)は、「穀物のジュース」と言えなくもありません。ビールは大麦ジュース、ワインはブドウジュース、日本酒はお米のジュースのようなものです。そのため当然、飲酒によって血糖値が変動します。
具体的には、お酒を飲み始めると、まず血糖値が上昇しますが、これによって刺激されたインスリン分泌によって血糖値が低下します。
この血糖低下によって引き起こされる食欲こそ、食前酒の効用なのですが、そこで食事ではなく、なお、お酒を飲み続けると低血糖状態をきたします。
血糖値の不安定をさらなるお酒でフォローしようとするのが、お酒のやめにくさの一因になっています。このときナイアシンが、悪循環を断ち切るのに貢献するわけです。
お酒のやめにくさは、甘い物のやめにくさと通じるところがあります。皆さんの周りにも、甘い物がやめられなくて困っている人はいませんか? そういう人にも、ナイアシンを勧めます。
「サプリは飲むのに抵抗がある。何か食品によって、お酒や甘い物への欲求を抑えたい」と思う人もいるでしょう。
そういう人は、キノコをたくさん食べることをお勧めします。
キノコに含まれるβグルカン(多糖類の一種)には、血糖調整作用(抗糖尿病)、免疫調整作用(抗アレルギー)、抗酸化作用、コレステロール降下作用など、偶然にもナイアシンと共通する作用があることが確認されています。
ペンシルバニア大学の研究によると、マッシュルームを食べることで、腸内細菌叢が改善して、腸での糖新生が増加し、血糖値が安定することが示されています。
血糖値が安定したということは、単に糖尿病になりにくいだけではありません。低血糖による糖質衝動(お酒や甘い物がほしくなる)の軽減にもつながります。
さらに、キノコには、ナイアシンにはない面白い作用があります。
ある種のキノコは人間の味覚に作用して、苦味を感じにくくします。実際、アメリカのある食品会社では、キノコのこの性質を利用して、チョコレートやコーヒーの苦味を減らすことで、砂糖の使用量を抑える商品を販売しています。
ちょっと季節は外れますが、鍋物をするときって、キノコは欠かせない脇役ですよね。
これはキノコによる野菜の苦味を消す作用を、先人たちが経験的に見抜いていたせいかもしれません。

■イラスト/阿部千香子

この記事は『安心』2020年6月号に掲載されています。
www.makino-g.jp