回答者のプロフィール

平松類(ひらまつ・るい)
二本松眼科病院医師。昭和大学医学部卒業。昭和大学病院、彩の国東大宮メディカルセンター眼科などを経て2018年より現職。緑内障手術トラベクトーム指導医。テレビ、雑誌、新聞などでの分かりやすい医療解説に定評がある。『1日3分見るだけでぐんぐん目がよくなる! ガボール・アイ』(SBクリエイティブ刊)、『「マス目」で気づく目の病気』(翔泳社)など著書多数。
緑内障の全てが分かる一問一答
Q. 緑内障なのに、白内障の手術を勧められたのはなぜですか?
A.
白内障の手術は、水晶体という目のレンズを取り出して、人工のレンズに置き換えるというものです。
この水晶体は、年齢とともに硬く厚くなってくるために、目の中で体積が増えてきます。すると、水晶体に押された虹彩(茶目)が隅角(ぐうかく)に近くなり、房水(ぼうすい)の流れが妨げられて、眼圧が上がりやすくなるのです。

そこで、厚くなった水晶体を取り出して、薄いレンズに置き換えるわけです。レンズが薄くなれば、その分スペースが広くなるので、房水がスムーズに流れるようになります。
同時に、シュレム管に長さ1mmの極小のチタンチューブを挿入することで、房水の通り道を確保します。これが「アイステント」という手術法です。
白内障は、一定年齢以上であればほぼ100%の人がかかる病気で、いずれ白内障手術を受けることになります。
であれば、リスクはあるものの、早めの白内障手術と同時にアイステントなど緑内障の追加手術を行うことで、10分程度手術時間が延びるだけで、何度も目を切開する手術を受けずに済みます。
緑内障の全てが分かる一問一答
Q. 緑内障の手術を受けたらかえって見えにくくなりました。失敗したのでしょうか?
A.
緑内障の手術は、患者さんにとって非常に満足感を得にくい手術です。
白内障であれば手術を受ければ明らかによく見えるようになりますし、関節痛の手術なら痛みの改善などの効果が実感できるのが「常識」です。
それに対して、緑内障の手術は、手術をしても失明の危険が完全になくなるわけでもなく、欠けた視野が回復することもなく、あまつさえ手術をする前よりも見えにくくなることもあります。
実際、手術を受けると、1.0だった視力が0.3まで低下したり、乱視が出たり、目がゴロゴロしたり、疲れ目がひどくなったり、ドライアイの症状が起こったりなどの副作用が出ることも少なくありません。
しかも、眼圧を下げる効果が5年間持続するのは約7割の確率で、再手術が必要となることも多いのです。
それでも視野欠損の進行速度を少しでも遅らせて、なんとか死ぬまで失明せずに済ませることを最優先に、手術が選択されています。
緑内障は一生付き合っていく病気です。多少見えにくくなったり、期待ほど眼圧が下げられなかったとしても、「失敗したんだ」と思い込んで、主治医との信頼関係を損ない、治療を継続しなくなることのないようにぜひ理解してください。
緑内障の全てが分かる一問一答
Q. どのようなタイミングで手術を検討するべきですか?
A.
緑内障で手術が必要となるのは、目薬や内服薬では、十分に眼圧が下がらなかった場合です。このままでは将来的に失明してしまうと判断されたときに、手術を検討することになります。
実のところ、手術に踏み切るタイミングは、眼科医の考え方によってさまざまです。
ギリギリまで点眼治療を行い、点眼でどうしても眼圧が下がらなくなったら手術を勧める医師もいれば、もっと早い段階で手術を推奨する医師もいます。どちらがよくてどちらが悪いということはありません。
手術であっても点眼であっても、視神経に影響がないレベルまで眼圧を下げるのが目的なので、治療に自分の希望があれば、手術をする前に医師とよく相談するようにしてください。
緑内障の全てが分かる一問一答
Q. 手術にはどのような術式がありますか?
A.
目薬や内服薬の治療で十分に眼圧が下げられない場合、手術が検討されます。
手術の方法は数種類あり、基本的には低侵襲(体への負担が少ない)の手術から行いますが、緑内障のタイプや進行の度合いなど、それぞれの目の状態などを総合的に判断して決定します。
眼圧を下げるには隅角から排出される房水の量を増やす必要があります。隅角は、カメラの絞りに当たる虹彩(茶目)と角膜が接する付近に位置し、房水は線維柱帯からシュレム管を通って静脈へと流れ込みます。
これを洗面台に例えると、隅角が「シンク」、線維柱帯が「排水溝の網」、シュレム管が「排水管」、静脈が「下水管」に相当します。
閉塞隅角緑内障は、シンク自体が詰まった状態で、即、水があふれる緊急事態です。
一方、開放隅角緑内障は、排水溝の網にゴミが詰まったり、排水管に汚れが付着したりして水の流れが悪くなっていて、シンクにたまる水の量が少しずつ増えている状態です。
一つの選択肢となるのが、レーザーを用いた治療です。排水溝の網に詰まったゴミにレーザー光線を当てて、ゴミを焼き取り、排水されやすくします。
以前は、ゴミを焼く際に網にまでダメージを与えてしまうことがありましたが、現在はゴミだけを選択的に焼くことができるようになっています(SLT=選択的線維柱帯形成術)。
SLTは、出血や痛みもほとんどなく、5分ほどで受けられるので、日帰りでの治療も可能です。一方で、眼圧を下げる効果はそれほど高くありません。
レーザーの次は眼球を切開して行う手術になります。
最も一般的な手術が「トラベクレクトミー(線維柱帯切除術)」です。これは、排水溝の網と排水管を付け替えて、新たな水の流れを作りだします。
合わせて、虹彩にも切れ目を入れ、房水の流れに「近道」を作り、さらに排水力を高めています。

トラベクレクトミー
眼圧を低下させる効果は高く、12mmHgかそれ以下を目標にすることができます。
新たな排水路は、体にとっては傷なので、そのままだと傷が治ると共にふさがってしまうため、抗がん剤の一種を用いて傷を治りにくくしたり、排水量の調節のため縫合糸を切ったりと、手術後にも細かな処置が何度も必要になります。
合併症としては、眼圧の下がり過ぎによって眼球がへこんでしまったり、出血、感染症、乱視、視力低下、目の中の異物感などを招いたりしてしまう場合もあります。コンタクトレンズも使えなくなります。
「トラベクロトミー(線維柱帯切開術)」は、詰まってしまった排水溝の網を切り取って大きな穴を開け、排水されやすくする手術です。

トラベクロトミー
眼圧を低下させる効果はトラベクレクトミーほどはなく、18mmHg程度が目標になります。出血、感染症、白内障、視力低下などが主な合併症です。
最近では、こうした従来の手術の安全性を高めた新手術が出てきています。
「トラベクトーム」は、トラベクロトミーのいわば進化系で、強膜(白目の部分を包む膜)を切ることなく、線維柱帯の通りをよくすることができます。
そのため、出血が少なく、手術時間が10分ほどと短時間で済み、確実性が高いのがメリットです。一方、眼圧の下がりは、トラベクロトミーよりも弱く、行える施設がまだ少ないのが難点です。
こうした手術でも眼圧が下がらない場合、現在の最終手段が「バルベルト」です。
シリコンチューブと眼球の外側の眼筋の間に取り付けるプレートからなり、目の中に挿入したチューブを通して房水を直接眼球外に引き出すことで、眼圧を下げます。

バルベルト
大がかりな手術になり、できる施設は限られますが、「もう手の施しようがないと言われたけれどもこの方法で救われた」と言う人も多いのです。

この記事は『安心』2020年6月号に掲載されています。
www.makino-g.jp