人工股関節置換術は、手術の技術や人工関節の材料ともに、めざましく向上しています。手術を受けるに当たっては、術前術後のリハビリ運動が非常に大切です。行った人と行わない人とでは、手術中の負担や術後の回復・改善に明らかな差が出てきます。【解説】大谷内輝夫(ゆうき指圧院長)

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

大谷内輝夫(おおやち・てるお)
1953年、富山県氷見市生まれ。ゆうき指圧院長。NPO法人膝・股関節研究所所長。「ひざ・股関節の治療では日本でいちばん信頼される人になりたい」という志を胸に、日々研究に打ち込んでいる。著書に『「歩けない痛み」が消える本』『股関節痛の94%に効いた!奇跡の自力療法』(いずれもマキノ出版)など多数。

術前術後のリハビリで回復が早くテニスも再開

私は開業以来約38年、股関節やひざを中心とした関節専門の治療師として努めてきました。

その間、「ゆうきプログラム」と命名した運動療法を独自に開発。患者さん自身が取り組むことで、高い改善率を得てきました。そのなかには、股関節の手術を延期、あるいは回避された人も少なくありません。

とはいえ、私は手術を否定しているわけではありません。むしろ、変形性股関節症で根本治療を目指すなら、人工股関節置換術が一番と考えています。患者さんにも、そのようにお話ししています。

実際、人工股関節置換術は、この十数年、手術の技術や人工関節の材料ともに、めざましく向上しています。そうした影響か、手術を受ける患者さんも右肩上がりに増加。最近は、私の患者さんのなかでも、手術を受ける人が増えています。

こうした背景を受け、私どものゆうきプログラムも、人工股関節置換術の術前術後に特化した運動メニューの充実に一段と力を入れています。

ゆうきプログラムの主眼は、股関節の働きを支える靱帯(骨と骨をつなぐ組織)や関節包(関節を包む組織)、筋肉の拘縮を予防・改善することにあります。それが股関節の可動域を広げ、同時に痛みのもととなる炎症を抑えることにつながるのです。

術前術後の運動も、基本的な考え方は変わりませんが、それぞれ目的とする箇所や方法がやや異なってきます。

手術を受けるに当たっては、この術前術後のリハビリ運動が非常に大切です。行った人と行わない人とでは、手術中の負担や術後の回復・改善に明らかな差が出てきます。

最近、患者さんのMさん(女性・61歳)から、こんな報告がありました。

Mさんは8年ほど前に、変形性股関節症からくる右足の痛みで来院。以来、ゆうきプログラムによる運動療法を続けていました。症状はやがて緩和し、歩行や日常動作にほとんど問題がなくなったどころか、私にないしょでテニスも楽しんでいたようです。

そして、2年前の検査でステージ4(末期)に進んでいることが判明。歩行時に痛みはあまりなかったようですが、年齢なども考慮し、人工股関節置換術を受けることにしました。

術後は、医師や看護師が目を丸くするほどの回復ぶり。ところが退院後、股関節に重だるさと、引っかかるような感じがありました。そこで、下項で紹介している「ひざの8の字ゆらし」を行ったところ、間もなく重だるさも違和感も消失。テニスも再開できたそうです。

では、術前と術後に分け、それぞれお勧めするリハビリ運動を紹介しましょう。

術前にお勧めの運動

ポイントは、腹筋を鍛え腹圧を上げること

術前に運動を行う目的は、必要な筋肉を鍛えておくことで、術後の回復を早めることができるからです。それに、手術に対して前向きに準備することで、不安も軽減します。

運動のポイントは、腹筋を鍛え腹圧を上げること。それぞれに効果的な運動を紹介します。

足を左右に開く腹筋運動

腹筋が弱っていると、手術後にベッドから起き上がったり、車イスに移動したりする動きが容易にできません。それだけリハビリも遅れますし、先行きの不安感も増します。あらかじめ腹筋を強化しておくことは、さまざまな動きに役立ちます。

あおむけになって腰幅に足を広げ、両ひざを曲げる。両ひざを無理のない程度に左右に開く。

画像1: 足を左右に開く腹筋運動

頭の後ろで手を組み、あごを胸に押しつけるように7秒間息を吐き続けながら、おへそを見る。20回行う。

画像2: 足を左右に開く腹筋運動

骨盤底筋強化運動

腹圧とは、腹腔(横隔膜や腹壁に囲まれた空間)の内側にかかる圧力のこと。腹圧が低下すると、体幹を支える力や、体を動かす力が弱くなります。この運動は、その腹圧を安定させ、下肢全体の筋肉強化や骨盤底筋群(骨盤の底に位置する筋肉群)の強化を促進します。この運動は、術後にも行うことをお勧めします。
ひざなどに痛みが出るときは行わない。

左足を上にして横向きに寝て、両足をまっすぐに伸ばし、そろえた足を体の前方45度まで出す。

画像1: 骨盤底筋強化運動

両足のかかとを少し突き出しながら、両ひざを伸ばす。そのとき、7秒間息を吐き続けながら肛門を締める。10回行ったら、反対側を向いて同様に行う。

画像2: 骨盤底筋強化運動

術後にお勧めの運動

股関節への負担がないので安心してできる

次に、術後に特化した運動を三つご紹介します。病院でのリハビリが終わったあとも、自宅で続けるようにしましょう。

足の横上げ(外転筋を鍛える)

主に外転筋を鍛えることが目的になります。外転筋は足を横に開くときに働く筋肉で、お尻の中殿筋を中心に構成されています。術後に痛みがあった場合の改善に役立つと同時に、股関節の外転可動域を広げます。

左足を上にして、横向きに寝る。左足を腰幅の高さに上げて、左足の内くるぶしの下に、枕などを置いて左足を乗せる。左足と床が平行になるように、タオルなどで高さを調整する。右足は楽にする。

画像1: 足の横上げ(外転筋を鍛える)

左足の指を自分の顔のほうに向け、そのまま15秒静止する。20回を1セットとし、左右とも1〜2セット行う。
【注意】かかとを突き出さない。

画像2: 足の横上げ(外転筋を鍛える)

ひざの8の字ゆらし(股関節周囲の筋肉を緩める)

股関節周囲の筋肉や関節包のこわばりを解消し、可動域を広げることで、股関節の動きがスムーズになります。

やや座面の高い、安定したイスに座り、左右の足をそろえ、つま先は床につけて、かかとを上げる。
かかとを上下させることで、ひざで横に8の字を描くように動かす。逆8の字も同様に行う。難しい場合は、横8の字は「い」、逆横8の字は「逆い」をイメージして、各15回行う。

画像: ひざの8の字ゆらし(股関節周囲の筋肉を緩める)

足の裏と甲のケンカ(ひざを上げる筋肉を鍛える)

この運動は、ひざを上げるときに使う腸腰筋(背骨と大腿骨をつなぐ筋肉)と大腿四頭筋(太ももの前側の筋肉)を強化します。階段の上り下りが楽になり、つまずくことを防止します。

イスに座り、両ひざを90度に曲げて垂らし、片方の足の甲に、もう片方の足裏を重ねる。できるだけ足が床につかないように、イスの上にタオルなどを置いて高さを調節する。
そのまま7割程度の力で5秒間息をゆっくり吐き続けながら押し合う(下の足は受け止めるだけにする)。左右の足を変えて10回ずつを1セットとして、1日1セット行う。

画像: 足の裏と甲のケンカ(ひざを上げる筋肉を鍛える)

いずれの運動も寝て行うか、イスに座って行いますから、荷重による股関節部分への負担はありません。安心して行ってください。

手術後に注意してほしいこと

最後に、手術後に注意してほしいことをまとめました。

【股関節に衝撃を伴う動作】
 重い物を持ったり運んだりすることや、階段から飛び降りたりすることは控えましょう。
【過度に体重をかける運動】
 登山、マラソン、サッカー、武道などのスポーツは、お勧めできません。
【過度なひねりが加わる動作】
 車や自転車の乗り降り、布団の上げ下ろし、掃除、滑りやすい道での歩行などは、特に注意してください。

画像: この記事は『壮快』2020年6月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『壮快』2020年6月号に掲載されています。

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