解説者のプロフィール

平泉裕(ひらいずみ・ゆたか)
昭和大学医学部整形外科学講座/スポーツ運動科学研究所客員教授、船橋市立リハビリテーション病院勤務。専門は脊椎脊髄外科、スポーツ医学。中学、高校時代はラグビー部、大学時代は水泳部に所属し、現在もトライアスロンに挑み続けるなどスポーツに造詣が深く、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本トライアスロン連合メディカル委員なども務める。
手術をせずに持ちこたえることも可能
私は長年、脊椎脊髄外科とスポーツ医学を専門にし、中高年のかたや、陸上競技やトライアスロン、サッカーなどのスポーツ選手の診療に当たってきました。
私自身もスポーツが大好きで、メディカルスタッフとしてスポーツの現場にかかわりながら、競技者としても、マラソンやトライアスロンのレースに、ほぼ毎週参加しています。実は中高年のかたも、スポーツ選手も、なぜか痛みが出るところは全く同じです。

変形性股関節症は、中高年のかたに非常に多い疾患。股関節痛の主な原因は三つあり、最も多いのが、変形性股関節症です。
日本人を含め、東洋人は遺伝的に、大腿骨の球形の骨頭を支えている股関節のお椀状の臼蓋が浅い状態にあります。もともと、股関節の形が健常ではないため、長く使うには不利で、不具合が生じてくるのです。
2番めに多い原因は、大腿骨頭壊死症。多量のアルコール摂取や、ステロイドの投与・服用が長年続くと、血流が途絶え、壊死を引き起こします。すると、本来球形の大腿骨の骨頭が、陥没するのです。骨が再生して修復するまでの間、球形を潰さず維持するのに有効なのが、運動療法です。
3番めに多い原因は、使い過ぎの外傷によるものです。こうした股関節痛には、患部に薬を注入したり、注射で筋膜の癒着をはがして、血流を改善する治療を行ったりしています。ここでも運動療法を加えることで、股関節痛は改善できます。
痛みがあると、筋肉はだんだん使わなくなるので、筋量が落ちてしまいます。関節自体も動かさなくなると、骨との接触面の潤滑性が失われていきます。それゆえ、何週間か寝たきりだった人は、関節が痛むようになるのです。
股関節や周辺の筋肉を動かすストレッチは、股関節痛の改善に役立ちます。
ある患者さんは、鎮痛剤を飲んでも取れなかった痛みを、運動療法に取り組むことで、緩和することができました。この除痛・鎮痛効果は、運動療法により、痛みを抑えるホルモンの分泌が促進されたためです。また、筋肉や骨をつくるホルモンの分泌が促進されることもわかっています。
ある50代の女性の患者さんは、ほかの病院では、人工関節の手術を勧められました。しかし自宅で毎日、運動療法を行ったところ、痛みが緩和し、日常生活が無理なく行えるだけでなく、水泳のインストラクターの仕事を続けています。
手術にはリスクがあるので、誰もが避けたいものです。100%完治する手術も存在しません。一方、ストレッチやトレーニングで、股関節を動かせば、その機能を維持したり、強化したりできます。そうすることで、手術をせずに持ちこたえたり、強い痛みを緩和することもできるのです。
股関節の前と後ろを伸ばすように意識する
股関節は、可動域の広さが非常に大切ですが、痛みがあると、動かさなくなるので、かたくなってしまいます。
可動減を広げ、股関節をやわらかくするために、股関節痛のある患者さん全員に勧めていて、私自身も毎朝行っているストレッチをお教えしましょう。(やり方は、下項参照)。
❶ 股関節のばし
股関節は曲がった状態で固まることが多く、それが影響して、首や背骨、ひざなどにも障害が起こりやすくなります。また、股関節を伸ばすと、本来の立つ姿勢を維持できて、倒れていた骨盤を起こす効果もあります。このストレッチにより、股関節の前面を少しずつ、伸ばしていく意識を持ちましょう。
❷ ひざ抱え
ひざを抱えて股関節を曲げます。股関節の裏側の靱帯や、お尻の大殿筋をしっかり伸ばします。
❸ 片足立ち
立ってバランスを取るときに重要なお尻の中殿筋と大殿筋を強化します。
ストレッチは、股関節がいちばんかたくなっている起床時にやるのがベストです。最も痛みやつらさを感じるのは、朝起きたときだと患者さんはいいます。朝から非常に効率よく、楽に動けます。動けるスピードも上がっていくでしょう。
私自身、62歳でも、ケガなく毎週のようにトライアスロンやマラソンの大会に出られるのは、朝と運動前にしっかり行うストレッチのおかげだと思っています。故障しない体になるには、日々のメンテナンスが大事。ぜひ、日常生活に股関節ストレッチを取り入れてください。

「私自身も起床時には必ずストレッチをします」と語り、実演してくれた平泉先生
股関節ストレッチのやり方
壁に手をついたり、イスに座ったりして、無理をせずに行います。呼吸をとめずに行うのがポイントです。
❶ 股関節のばし
片手を壁について体を支えながら、足を前後に広げ、安定する幅で立つ。ゆっくり10秒数えながら骨盤全体を前に押し出す。前後の足を変えて交互に10回ずつ行う。

※後ろに引いた側の股関節を伸ばすことを意識しながら行う
❷ ひざ抱え
イスやベッドに座り、片足ずつひざを抱え、10秒数える。これを1セットとし、左右交互に5セットずつ行う。

❸ 片足立ち
片手を壁について体を支えながら、片足で立って10秒数える。これを1回とし左右交互に5回ずつ行う。


この記事は『壮快』2020年6月号に掲載されています。
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