解説者のプロフィール

西山耕一郎(にしやま・こういちろう)
西山耳鼻咽喉科医院院長。1957年福島県生まれ。北里大学医学部卒業。医学博士。北里大学病院、横浜日赤病院などを経て、2004年に西山耳鼻咽喉科医院を先代から継承。30年間で約1万人の嚥下治療患者の診療を行ってきた嚥下障害を専門的に治療できる名医。複数の施設で嚥下外来と手術を行う
傍ら、嚥下障害の啓発に努めている。『肺炎がいやなら、ご飯に卵をかけなさい』(飛鳥新社)など著書多数。
▼西山耳鼻咽喉科医院(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
誤嚥性肺炎は日本人の死亡原因の第7位
食事中にむせやすくなったり、飲み込みにくさを感じたりするようになったら、飲み込む力(嚥下機能)が弱り始めたサインです。
嚥下機能の低下が進むと、命に関わる誤嚥性肺炎を起こす可能性があります。
誤嚥性肺炎とは、本来、口から食道に入るべき食べ物や唾液などが、誤って気管に入ったことで起こる肺炎のこと。昨年の厚生労働省の人口動態調査によれば、年間3万5000人以上が誤嚥性肺炎で亡くなり、日本人の死亡原因の第7位となっています。
肺炎というと、細菌やウイルス性の病気を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、実は75歳以上の高齢者では、肺炎で死亡する人の70%以上は誤嚥性肺炎が占めるとされています。
飲み込む力は50代から急速に落ち、誤嚥しやすくなっていきます。一方で70代になると、むせたりセキが出たりして、間違って気管に入った異物を吐き出す反射機能さえ衰えて、自分が誤嚥していることにすら気づかなくなる人が多くなります。
私が以前行った調査では、75歳以上になると健康な人でも3割以上で明らかな誤嚥が見られたにも関わらず、誤嚥の自覚がない人がほとんどでした。ですから「自分はむせていないから大丈夫」とは言えないのです。
飲み込む力が落ちるとなぜ誤嚥するのか、その仕組みを簡単に説明しましょう。
人は食べたものを飲み込むとき、ゴックンとのど仏を上下に動かします。これを動かしているのは、喉頭挙上筋群という、のど仏を吊り上げている筋肉です。
食べ物を飲み込むときに、喉頭挙上筋群がのど仏を引き上げると、喉頭蓋という食道と気道を分けている「のどのフタ(防波堤)」が倒れて気道をふさぎ、食べ物を食道のほうに落とします。
ところが、喉頭挙上筋群が衰えて、この反射が遅れたり弱くなったりすると、のどのフタがきっちりタイミングよく閉まらなくなり、異物が気管に入ってしまうのです。
卵をかけるだけで適度なとろみがつく
誤嚥を防ぐには、なんといっても普段の食事の工夫が大切です。
食べ物には、飲み込みやすいものと飲み込みにくいものがあります。飲み込みやすい食べ物とは、口の中でバラバラにならず、軟らかい塊になってゆっくり落ちていくもの。「とろりとした」と表現される食べ物が適しています。
それに対して飲み込みにくいのは、パサパサ、ボロボロ、サラサラ、ベタベタ、ペラペラなどと表現される食べ物です。
意外かもしれませんが、日本人の主食である「ご飯」は、あまり飲み込みに適しているとはいえません。言われてみれば、ご飯粒がのどに引っかかってむせた経験があるという人も多いのではないでしょうか。
そのため誤嚥しやすい高齢者への食事指導ではおかゆが勧められることが多いのですが、私がお勧めしたいのは「卵かけご飯」です。
ご飯に卵をかけるだけで、適度なとろみがついてご飯がまとまりやすくなり、小さな塊になってのどをゆっくりと滑らかに落ちていきます。すると、多少ゴックンするタイミングが合わなくても、気管に入りにくくなるのです。
また卵かけご飯なら、卵に含まれる良質のたんぱく質やビタミン、脂質などをご飯と一緒にとれます。低栄養になりがちで筋力を落としやすい高齢者には、栄養補給の面でも優れているのです。
しかも、作り方が簡単で、ご飯に卵としょうゆをかけるだけ。おかゆのように、わざわざ一手間かけて作る必要はありません。それに、「おかゆは、飯を食った気になれないから嫌いだ」という人も、特に高齢の男性には多いですね。
パーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)のような神経難病の患者さんは、ゆっくりと嚥下機能が低下していき、誤嚥性肺炎を起こすことが多いのですが、卵かけご飯にするだけで、肺炎の発症を1年以上遅らせることができます。

西山先生のお勧めはひきわり納豆卵かけご飯
実は私は、母が医者で忙しかったため、子どもの頃は毎日のように手のかからない卵かけご飯を食べていました。
今でもよく食べますが、私のお勧めは、ひきわり納豆をミックスした卵かけご飯です。ひきわり納豆なら口の中でまとまりやすく、ご飯と一緒にゆっくり落ちていきます。しかも、納豆の栄養も一緒にとれます。
これにネギやゴマ油、ショウガ、キムチなどをトッピングすれば、味の変化も楽しめます。
卵かけご飯を食べるときは、注意していただきたいことがあります。サラサラとかき込むように食べず、小さめの浅いスプーンで一口ずつゆっくり食べましょう。
またあごを上に向けて食べると、のど仏の動きが鈍くなってむせやすくなります。あごを引き、軽くおじぎをするような姿勢でゴックンすると、食べ物が気管に入りにくくなります。

この記事は『安心』2020年5月号に掲載されています。