スロトレは速い動きと比べて筋肉の血流が適度に制限されるので、軽い負荷でも想像以上の効果が得られるのです。また同じ動作を繰り返す運動は、脳内で「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンという脳内物質を分泌し、落ち着いたいい気分を生み出してくれます。【解説】石井直方(東京大学大学院教授・理学博士)

解説者のプロフィール

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石井直方(いしい・なおかた)
東京大学大学院教授・理学博士。1955年、東京都生まれ。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。日本における筋肉研究の第一人者として知られ、トレーニングの方法論、健康や老化防止などについても研究している。“筋肉博士”としてテレビ番組や雑誌でも人気。ボディビルの競技者としても活躍し、ミスター日本優勝、世界選手権3位、ミスターアジア優勝など、輝かしい実績を誇る。『50歳からはじめる 一生病気に負けない強い体のつくり方』(三笠書房)、『石井直方の筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)など著書多数。

生活習慣と運動のたいせつさを実感

私は、筋生理学を専門に研究をしています。自身でも筋トレを40年以上行っており、学生時代にはボディビルの世界選手権で3位になりました。書籍や講演などでは、「筋肉を鍛えて、病気にならない体を作りましょう」と筋トレを勧めてきました。

ところが4年前、その私が悪性リンパ腫にかかったのです。しかも、わかったときには、すでにステージⅣの「末期」でした。

それまで、検診を受けても、血圧や血糖などの数値はすべて正常範囲内でしたし、大きな病気やケガもありませんでした。食事も私なりに気を遣っていたので、健康には自信がありました。それなのに、こともあろうにガン……それも末期。青天の霹靂でした。

その後1カ月の入院を3回して、半年ほど治療に専念しました。最後の入院では、無菌室に入り、抗ガン剤の超多量投与という厳しい治療も受けました。

すでに61歳だった私が、治療に耐えて病から再起できたのは、それまでの筋トレで培った筋力、体力があったからだと感じます。体力に気力がついてきて、前向きになって、きつい治療にも耐えられたのだと思います。

誰でも病気になるときはなります。しかしどんなときも、筋力は前向きな心を導いてくれると、ガンになって再認識しました。

もちろん、生活習慣もたいせつです。病気になる前の私は、仕事に追われ、睡眠時間も短く、目覚めたときから倦怠感があるという日々でした。どれほど丈夫な体でも、無茶な使い方をすれば壊れます。

生活習慣、すなわち健康的で規則正しい睡眠、休養、食事のたいせつさを、改めて知る機会となりました。

より健康で若々しい心と体を導くには、無理をせず、まずは生活習慣を見直し、そのうえで適度な運動を行うとよいのだと、身をもって実感しています。

画像: 「筋力はどんなときも、前向きな心を導いてくれる」

「筋力はどんなときも、前向きな心を導いてくれる」

無菌室でもスロトレをやっていた

とはいえ、便利なこの世の中にあっては、普段ほとんど運動しないというかたも少なくないことでしょう。そのようなかたにぜひ行っていただきたいのが「スロトレ」です。

スロトレ=スロートレーニングは、その名のとおり、一つひとつの動きをゆっくり行う筋トレ法です。

筋肉をゆっくり伸ばしたり縮めたりすると、速い動きと比べて、動いている間じゅう筋肉の緊張が維持できます。それにより、筋肉の血流が適度に制限されるので、軽い負荷でも、想像以上の効果が得られるのです。

無菌室での入院中、私は1日おきにスロトレを実践しました。というのも、1回目の入院後、病院の外に出ると、想像以上に足腰が衰えていたのです。

「筋力が低下しないように」と院内を多少は歩いていましたが、いざ外を歩くと数分がやっと。病院の最寄り駅まで、何度も休まなければたどり着けなかったのです。「老化は足から」を痛感し、その後の入院では、病室でも筋トレを行ったというわけです。

トレーニングは脳をポジティブにする

「トレーニングを続けたいのに、三日坊主になりがち」というかたも多いと聞きますが、おそらく続かない理由は、おもしろくないからだと思います。正直に言えば、私もおもしろいとは思いません(笑)。

しかし、「鍛えた先」を想像してみてください。トレーニングのほんとうの楽しみはそこにあります。

引き締まった体でおしゃれをするのはどうでしょう。また、丈夫な足腰と元気な体があれば、活動範囲が広がります。何歳になっても、新しい世界を楽しめるのです。

うつうつとした気分の人にも、トレーニングはお勧めです。実はトレーニングには、思考をポジティブにする効果があるのです。

というのも、同じ動作を繰り返す運動は、脳内で、「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンという脳内物質を分泌するのです。

幸せホルモンは、ネガティブな気分を解放し、落ち着いたいい気分を生み出してくれます。

画像: スロトレは、朝昼晩いつ行ってもよい。いつも同じ時間に行うようにすると、習慣化されるので続けやすくなる

スロトレは、朝昼晩いつ行ってもよい。いつも同じ時間に行うようにすると、習慣化されるので続けやすくなる

腰痛や肩こりにも効果あり

今回紹介するスロトレは、「スロースクワット」と、「和船こぎ」です。

スロースクワットでは、いつまでもスムーズに立ち上がり、歩ける下半身を維持するのに最適なスロトレです。

一方の和船こぎは、大きな動作で筋肉を伸ばすのが特長。筋肉を伸ばす気持ちよさを体感しながら、下半身と体幹を一度に鍛えられます。穏やかな川面にこぎ出す船頭のように、ゆっくりと流れるような動きで行ってください。

踏み出した下肢をゆっくりと沈ませる動作では、自重を使って体を前に沈ませる力と、前方に倒れそうになる体にブレーキをかける力、双方を意識しましょう。

体幹の筋肉が鍛えられるので、背筋がすっと伸び、美しい姿勢を保てるようになります。腰痛の解消も期待できます。同時に、肩から腕全体を動かすので、肩周りの筋肉が柔軟になり、肩こりや四十肩などによる肩の痛みの解消にもなるでしょう。

また、関節の間に働く力で体を支えることがないので、関節への負担も軽く、関節を痛めにくいという利点もあります。

スロトレを楽しく長続きさせるコツ

動作を行う回数を増やしていくと、自分の進歩が具体的にわかります。ただし、やり過ぎはよくありません。回数をむやみに増やして、トレーニングにかかる時間が延びていくと、だんだんトレーニングが億劫になってしまいます。

動きに慣れてきたら、腰を深く落として動作をより大きくしたり、水の入ったペットボトルを入れたリュックを背負ったり、大きな負荷がかかるような工夫を取り入れるとよいでしょう

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筋肉博士が教える
筋肉を伸ばすスロトレ

スロースクワット

【回数・頻度の目安】
5~10回×3セットを、1~2日おき程度
【ポイント】
ひざと腰を同時に伸ばす動きが、太もも、おしり、体幹の筋肉を効率よく鍛える

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4秒かけて腰を落とす
ゆっくり4秒かけて、鼻から息を吸いながら腰を落とす。手のひらを腹と太ももで挟むように意識する。また、ひざがつま先より前に出ないように注意する

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太ももをほぐす
1~3を3セット繰り返したら、屈伸運動を5回程度行い、太ももの筋肉をほぐす

足の付け根に手をつけて立つ
足を肩幅に開いて立ち、背筋を伸ばす。手のひらは上に向け、鼠蹊部に当てる。つま先は少し外に向ける

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4秒かけて腰の位置を戻す
ゆっくり4秒かけて、鼻から息を吐きながらひざを伸ばす。ひざが伸びきる直前で、②に戻る。5〜10回を目安に、自分に合った回数で2~3を繰り返す

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和船こぎ【 準備編 】

【回数・頻度の目安】
5~10回×3セット(を行ってから、次の本番の動きを続けて行う)を、1~2日おき程度
【ポイント】
和船こぎは、全身をくまなく動かせるお勧めのスロトレです。まず、腕と上半身の動きだけを行うとより効果的。スマホやパソコンの使い過ぎで、こり固まった首や肩の周りがよくほぐれます

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背筋を反らす
ゆっくり4秒かけて鼻から息を吸いながら、腕を後ろに引きながら上半身を反らせ、上を見上げる。縮こまりがちな肩の前面、胸、首の筋肉が伸びるのを感じる

画像7: 【ゆっくり筋トレ】筋肉が伸びて気持ちいい!体幹と下半身の強さが健康長寿の鍵 くり返し動作は脳にも好影響

力を抜いて立つ
脇をしめて両方の手のひらを上に向け、ひじを曲げる。足を肩幅に開き、上半身の力を抜く

画像8: 【ゆっくり筋トレ】筋肉が伸びて気持ちいい!体幹と下半身の強さが健康長寿の鍵 くり返し動作は脳にも好影響

背筋を丸める
ゆっくり4秒かけて鼻から息を吐きながら、腕を内側にひねって手のひらを外に向け、腕を肩甲骨ごと前に伸ばす。背筋をはるべく曲げ、へその辺りを見るように。二の腕の筋肉が伸びるイメージ。
5〜10回を目安に自分に、合った回数で2~3を繰り返す

和船こぎ【 本番編 】

【回数・頻度の目安】
5~10回×3セット(前の準備の動きをやってから行う)を、1~2日おき程度
【ポイント】
腕、足、体幹の前面と背面……さまざまな箇所の筋肉が伸びたり縮んだりして、筋力が鍛えられていくのを感じながら、ゆっくり丁寧に行ってください。慣れてきたら、次第に大きく動けるようになるでしょう

画像9: 【ゆっくり筋トレ】筋肉が伸びて気持ちいい!体幹と下半身の強さが健康長寿の鍵 くり返し動作は脳にも好影響

前方にこぎ出す
鼻から息を吐きながら、右足を前に踏み出す。歩幅は最初は狭くてよく、慣れてきたら大きく踏み出す

画像10: 【ゆっくり筋トレ】筋肉が伸びて気持ちいい!体幹と下半身の強さが健康長寿の鍵 くり返し動作は脳にも好影響

後方に櫓を引く
鼻から息を吸いながら、腕は戻す。徐々に体重を後ろ足に移動させる

画像11: 【ゆっくり筋トレ】筋肉が伸びて気持ちいい!体幹と下半身の強さが健康長寿の鍵 くり返し動作は脳にも好影響

力を抜いて立つ
脇をしめて両方の手のひらを上に向け、ひじを曲げる。足を肩幅に開き、上半身の力を抜く

画像12: 【ゆっくり筋トレ】筋肉が伸びて気持ちいい!体幹と下半身の強さが健康長寿の鍵 くり返し動作は脳にも好影響

前足にしっかり体重を乗せる
②~③でゆっくり4秒かけて鼻から息を吐きながら、腕を前に押し出す。全身の体重を右足にかける(準備編の③の動作が活かされる)

画像13: 【ゆっくり筋トレ】筋肉が伸びて気持ちいい!体幹と下半身の強さが健康長寿の鍵 くり返し動作は脳にも好影響

後ろ足にしっかり体重を乗せる
④~⑤でゆっくり4秒かけて鼻から息を吸いながら、腕を引く。全身の体重を左足に移す(準備編の②の動作が活かされる)。
5〜10回を目安に、自分に合った回数で、②~⑤を繰り返したら、足を入れ替えて同様に行う

筋トレは寿命を延ばす鍵になる

現代社会では、体力がなくても生きていくことが可能です。この先、それはさらに顕著になっていくことでしょう。

一方、最近の医療では、筋力の低下こそが、寿命を縮める大きな要因だと考えます。現代人が健康な生活を営むためには、自発的に体の機能を維持する習慣を持つことがたいせつなのです。

超高齢社会の今、健康長寿のために、まずは筋肉を強化して、100歳まで動ける体を作ることから始めましょう。

画像: この記事は『ゆほびか』2020年5月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『ゆほびか』2020年5月号に掲載されています。

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