解説者のプロフィール

新井圭輔(あらい・けいすけ)
あさひ内科クリニック院長。岐阜県生まれ。1981年京都大学医学部卒業。島根医大放射線科助手、京大核医学科医員、島田市民病院放射線科医長を経て、97年4月に開業。上中里医院特別顧問。臨床の中で多くの糖尿病患者の治療に携わり、「定説は真実とは限らない」として、定説を覆す「低インスリン療法」を提唱。インスリンを補わない、分泌させない治療で、糖尿病の合併症を防ぐ治療に効果を上げ、多くの医師の賛同を得ている。著書に『糖尿病に勝ちたければ、インスリンに頼るのをやめなさい』(幻冬舎)がある。
SGLT2阻害薬による腎症の激減を予言
「糖尿病性腎症」は、糖尿病の3大合併症の一つで、血液透析患者の44%を占める、最大の原因疾患です。
この糖尿病性腎症のリスクが、「SGLT2阻害薬」で大幅に減ることが判明し、治療薬選択に大きなインパクトをもたらしました。
2014〜2017年、日本を含む34ヵ国、690施設で、糖尿病性腎症を患う2型糖尿病患者、4401例を対象として国際的な大規模試験が行われました。
SGLT2阻害薬を投与する群と、プラセボ(偽薬)を投与する群で比較したところ、前者では、eGFR(推定糸球体ろ過量)の低下、透析など腎代替療法の開始、腎疾患による死亡といったリスクを34%低下させることが判明したのです。
この顕著な結果を受けて、米国糖尿病学会では、さっそく治療薬のガイドラインを、SGLT2阻害薬を推奨する方向に修正するなど、すばやい動きを見せています。
SGLT2阻害薬を使うと、なぜ糖尿病性腎症が劇的に減るのでしょうか。実は、私はこのことを前々から「予言」していました。SGLT2阻害薬の効くしくみを考えると、合併症が減るのは当然だからです。
それは、一般に言われている「SGLT2阻害薬に腎保護作用があるから」という理由とはちょっと違います。より正しくは、「SGLT2阻害薬には腎への障害作用がないから」です。
高インスリン状態が合併症の元凶だった
これまでの糖尿病治療薬の主流はインスリン製剤と「SU(スルフォニル尿素)薬」や「インクレチン関連薬(DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬)」など、インスリンの分泌を促す薬でした。
一般的には、糖尿病はインスリン作用が足りない病気とされているので、インスリンそのものを投与したり、分泌を促したりするのは正しいように思えるかもしれません。
そこに落とし穴があります。
実は、糖尿病の合併症は、「高血糖」ではなく、「高インスリン」の結果なのです。
インスリンは、血糖を中性脂肪に変換してため込む作用を持つホルモンです。一方で、有害な活性酸素を増やして、動脈硬化や老化をもたらし、合併症の発症・悪化を促す毒性があります。
治療としてわざわざ投与や分泌促進されている「インスリン」こそが、合併症を進行させているのです。
なぜ私がこう断言できるかというと、当院の患者さんは、インスリン自体はもちろん、その分泌を促す薬も使わない「低インスリン療法」の結果、腎症などの合併症の進行は抑えられ、しかも多くの例で回復していくからです。

クレアチニン値とHbA1cの分布
高血糖でもクレアチニン値は高くならない
上のグラフは、当院の患者さんのクレアチニン値を、血糖値のレベルを示すHbA1cの順に並べたものです。HbA1cが高くても、クレアチニン値は高くならずに一定を保っているのが一目瞭然でしょう。
しかも、足などに起こる糖尿病性壊疽(組織が死んでいくこと)や目の糖尿病網膜症なども、低インスリン状態で、動脈硬化の治療を行うことで回復していきます。
糖尿病の患者さんは、糖の処理能力が低い「糖質下戸」ですから、アルコールに弱い下戸の人が酒を控えるように、糖質を控えればいいだけです。
当院の患者さんには糖質制限を指導していますが、思うように制限できない人も多く、その場合はSGLT2阻害薬を処方しています。
SGLT2阻害薬は、原尿から糖の再吸収を抑え、尿中に糖を出して血糖値を下げる薬です。
つまり、インスリンに関係なく血糖値を下げる薬なので、従来のインスリンを増やす治療法とは併用できません。併用すると血糖値が下がり過ぎて、命に関わる危険な状態になるからです。
当院では使っていませんが、世の中の多くの医療機関では、SU薬などインスリンを増やす治療法を行っています。
しかし、SGLT2阻害薬を使うとなれば、インスリンを増やす薬は止めざるを得ません。合併症を進めるインスリンが補われなくなれば、当然、合併症は減っていくわけです。
特に、クレアチニン値が2までであれば、SU薬からSGLT2阻害薬に変えることで、腎機能が維持できるでしょう。
今現在、インスリンやその分泌薬を処方されている人は、ぜひ主治医に「SGLT2阻害薬という薬に腎保護作用があると聞いたので、それに代えてもらえませんか」と申し出てみましょう。インスリンの害に無頓着な医師でも、この提案なら受け入れやすいはずです。
ただし、SGLT2阻害薬は、尿に糖が多く出るため、特に女性は尿路感染症にかかりやすくなります。糖質制限も並行して行い、尿に出る糖の量を減らすことをお勧めします。

この記事は『安心』2020年3月号に掲載されています。
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