これまでの腎不全の治療は「できるだけゴミを出さない」ようにして、フィルターを少しでも長持ちさせることを企図したものでした。それに対して、現在私たちが研究を進めているのが「ゴミを速やかに掃除して詰まりを取る」新たな治療法です。【解説】宮崎徹(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター教授)

解説者のプロフィール

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宮崎徹(みやざき・とおる)
東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター教授。1962年、長崎県生まれ。86年、東京大学医学部卒業後、同大学医学部付属病院第三内科にて研修。92年、熊本大学発生医学研究センターで博士課程修了(医学博士)。パスツール大学(フランス)研究員、バーゼル免疫学研究所(スイス)主任研究員、テキサス大学(アメリカ)准教授等を経て、2006年より現職。免疫研究の中で、1999年にAIMを発見。さまざまな病気に対し、AIMを活用した治療法の研究開発に取り組んでいる。

尿細管の詰まりを取る新たな治療法

腎臓は、血液をろ過して体内で出たさまざまな「ゴミ」をこしとり、血液をきれいにするフィルターです。このフィルターが目詰まりを起こしてゴミを取り除く力が弱まり、最終的には壊れるのが、腎不全です。

これまでの腎不全の治療は、「できるだけゴミを出さない」ようにして、フィルターを少しでも長持ちさせることを企図したものでした。

それに対して、現在、私たちが研究を進めているのが、「ゴミを速やかに掃除して、詰まりを取る」新たな治療法です。

血液をろ過するフィルターの役割を果たしているのが、「糸球体」と「尿細管」からなる「ネフロン」と呼ばれる構造です。片方の腎臓に約100万個存在しています。

血液が糸球体でろ過されて出てきた「原尿」は、尿細管を通る間に、糖やミネラルといった体に必要な成分を、必要な分だけ再び血液に戻す「再吸収」が行われます。そして再吸収されなかった「尿毒素」などの不要なゴミが、水分と一緒に尿として排泄されます。

ネフロンの中で最初に詰まりやすいのが、尿細管です。

尿細管が排水管、糸球体が排水溝の網だとイメージすると、分かりやすいかもしれません。排水管が詰まったとき、そのまま放置したら、逆流して汚水が排水溝からあふれ、部屋中に汚水がまき散らされてしまいます。

それを防ぐためには、できるだけ被害が広がらないうちに、速やかに排水管の詰まりを取り除く必要があります。

60%超の致死率が0%になった!

そのカギとなるのが、20年前に私が発見したAIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage(※1))というたんぱく質です。

通常、AIMは、免疫グロブリンM(IgM)と結合して不活性な状態で血液中に存在していますが、ゴミを見つけるとAIMが活性化されてIgMから分離し、ゴミにくっつきます。

AIMの特徴は、細胞の死骸など「元々は自分の一部であったが不要物となったもの、放置すると病気の芽となりそうなもの」を見分けてくっつくということです。

不要物に「処分」の目印を付けるようなもので、活性化AIMを目印に、マクロファージなど体内の清掃係が呼び寄せられ、集中的にゴミを食べて取り除くことができるようになるのです。

画像: パイプクリーナーで排水管を掃除するように、尿細管の詰まりを除去して腎機能を回復させる

パイプクリーナーで排水管を掃除するように、尿細管の詰まりを除去して腎機能を回復させる

私たちの研究グループは、AIMが急性腎不全を治癒させることを明らかにし、2016年に研究論文を発表しました。

元々AIMを持たないマウス(実験用ネズミ)と、AIMを持っているものの重度の急性腎不全を起こしたマウスを使って、実験を行いました。

その結果、AIMを注射して体に補充することで、どちらのマウスも尿細管の詰まりが速やかに解消されて、腎臓の機能が回復し、60~100%だった致死率が0%になるという著しい改善が見られたのです。

ネコ用の腎臓治療薬は実用化間近

上記の研究結果を論文にまとめていた頃に、たまたま会った獣医の知り合いにAIMの働きについて話しました。すると、彼は強い興味を示しました。

ネコの飼い主さんたちはご存じかもしれませんが、ある程度以上の年齢の飼いネコは腎機能が低下していき、腎不全で亡くなることがほとんどです。

実は、ネコをはじめ、ライオンやトラなどネコ科の動物はすべて、生まれつき、活性化しないAIMしか持っていないことが分かりました。

つまり、血液中にはAIMがたくさんあるものの、ゴミにくっついて「処分」を示す役割を果たさないために、尿細管が詰まりやすいという特性があったのです。ネコ科の動物にとって腎不全は、遺伝病と言えます。

であれば、活性化したAIMを注射して体内に補充してやれば、ネコの腎臓病は防ぎ治せるはずです。こうして、AIMを使った治療薬の開発に取り組み始めたのです。

すでに腎臓病の診断を受けていた飼い猫を対象に、現在臨床試験を進めている段階で、「AIMの投与を続けたら、食欲も出て、びっくりするくらい元気になり、効果を実感しました」と多数の飼い主の方から報告をいただいています。

高純度のAIMを培養できる細胞の開発も進んでいるため、AIMを使ったネコ用の腎臓治療薬については、2021年には実用化できる見込みです。

そして、このネコの腎臓治療薬の開発過程におけるさまざまなノウハウは、ヒトの腎臓治療薬の開発にも応用できるはずです。近い将来、透析の代わりにAIMを注射することで、腎臓病を治療できる状況を作りたいと考えています。

画像: AIMが働かないネコ科の動物は腎不全を起こしやすい

AIMが働かないネコ科の動物は腎不全を起こしやすい


腎臓の機能の低下には、次の三段階があります。

尿細管にゴミがたまり、流れが悪くなり始める
尿細管にゴミが詰まり、機能するネフロンが減少する
多くのネフロンが機能しなくなって重度の腎不全になり、ゴミ(尿毒素)が全身を巡って脳や心臓などの機能が落ちる(透析を導入する段階)

この①~③のどの段階においても、AIMの投与が有効であることを確認しています。

①や②の段階は、ゴミの量に対して、AIMが足りていない状態ですから、AIMの不足分を補充することで、尿細管の詰まりを取り、慢性腎不全への移行を防ぐことができます。

排水管が詰まったら速やかにゴミを掃除し、その後は定期的に汚れ取りのメンテナンスを行っていくようなものです。

③のように完全に壊れてしまった腎臓を治すことは難しそうですが、AIMが血液中に回った尿毒素にくっつくことで、尿毒素の処理が進みます。

吐き気やむくみ、けいれんなど尿毒症の症状が抑えられ、透析の負担を軽減することができます。

現在、透析では週3回、1回4時間が標準的ですが、AIM投与は注射なので短時間で済みます。そのため、透析患者さんのQOL(生活の質)の向上にもつながるでしょう。

AIMを使った治療の特徴は、元々人間の体に存在しているたんぱく質が持っている「ゴミを取り去る目印をつける」というメカニズムを使う点にあります。ですから、体に与える負担や副作用は非常に少ないと考えられます。

私たちが、日々、生活をしていく中で、ゴミは必ず出ます。体についても同じように、生きている限り、死んだ細胞などのゴミは出続けるのです。

長い人生の中で、ゴミが尿細管にたまれば腎臓病になり、脳にたまればアルツハイマー型認知症が引き起こされます。健康に暮らしていくためには、体内で発生したゴミを適切に処分していくことが重要で、AIMはそのカギとなるでしょう。

すでに、肥満や糖尿病、脂肪肝からの肝がん化を防ぐなど、AIMに着目することで新たな治療法につながりそうな研究はいくつもあります。

さまざまな研究につなげていくためにも、今はネコ用のAIM治療薬の実用化に全力で取り組んでいるところです。

画像: この記事は『安心』2020年3月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2020年3月号に掲載されています。

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