解説者のプロフィール

鄭栄植(ちょん・よんし)
鄭クリニック院長。1965年、大阪府生まれ。大阪医科大学医学部及び同大学院を卒業。同大学、一般消化器外科学教室に入局後、関連病院で医長、部長を歴任し、2008年より現職。医学博士、天城流統治法師、認知症ケア専門士。コウノメソッド実践医。監修書に『奇跡が起こる! 脳梗塞の後遺症がよくなるDVD 』(マキノ出版)がある。
嚥下障害が改善して腸ろうが外せた人もいる
約7年前、友人の医師が40代で脳梗塞を起こし、半身マヒ及び言語障害などの後遺症が残りました。そのことを知った私は、「天城流湯治法」の創始者・杉本錬堂氏に相談しました。
錬堂氏は、独自の感性で体のしくみを解き明かし、体とのつきあい方、手当て法などを伝えている健康コンサルタント及びアドバイザーです。医師ではありませんが、天城流湯治法の理論とメソッドは、医師の私も「間違いない」と確信する部分が多々あります。
私は、友人を含め、脳卒中の後遺症などで体が思うように動かなくなってしまった患者さん数人を連れて、錬堂氏とともに奈良県の十津川温泉へ行きました。そこで、錬堂氏の指導を受けて体を調整したり、温泉プールでリハビリテーションを行ったりしたのです。
すると、参加した人たちの体に、動かない部分をなんとか動かそうとする反応が現れてきました。ショックとあきらめで、うつ状態になっていた友人も、表情が明るくなり、前向きに体を動かそうとするなど、目に見えて変化が起こり始めたのです。
この体験によって、私は「たとえ脳細胞の一部が死滅していても、あきらめずに刺激を与え続ければ、体は変化する」ということを確信しました。
それがどんなメカニズムによるものなのか、はっきりとはわかりません。しかし、人間の体には、たとえ失われた機能があったとしても、それをカバーするシステムが備わっているのではないでしょうか。
脳からの指令を体に伝えるのも、神経だけではないような気がしています。もしかしたら、筋膜(筋肉や内臓を包む膜)の表面を、電気を帯びたものが流れていて、それが情報のやり取りをしているのかもしれません。そういうことを、仲間の医師たちも感じているようです。
前述した友人は、その後も天城流湯治法の技術をはじめとするリハビリを積極的に続けています。そのかいあって、今では言葉もだいぶ出てくるようになりました。簡単な作業ではありますが、新しい仕事にも就いて前向きに生活しています。
また、私が運営する老人ホームでも、天城流の積極的なリハビリを取り入れて効果を上げています。後遺症が改善する人も少なくありません。
2018年に脳梗塞を起こした72歳の女性は、左半身マヒで寝たきりの状態から、杖をついて歩行訓練を行うまで回復しました。なんとか聞き取れる言葉で話せるようになっています。
2015年に脳出血を起こした76歳の男性は、後遺症による嚥下障害で、腸ろう(栄養剤を注入するため腹部に穴を開けて 腸管にチューブを通すこと)によって栄養補給をしていました。また、言葉も「ウー」としか発することができませんでした。
しかし、奥さんが熱心に天城流のリハビリを行った結果、食べ物が飲み込めるようになり、腸ろうの抜去ができました。それに、声を出して奥さんを呼んだり、聞き取りやすい言葉も発したりできるようになりました。
このように、あきらめずに刺激を与え続ければ、「もう二度と元には戻らない」とされていた、従来の医学の常識を覆すようなことが実際に起こりえます。人間の体には、まだまだ未知の可能性が秘められているのです
かたくなった胸の腱や筋肉を小刻みに揺すろう
今回は脳卒中の後遺症に効果が期待できる、天城流のリハビリ法を四つ紹介します。毎日行いましょう。
まず基本のリハビリとして、胸をほぐします。
脳卒中を起こす人は、決まって左胸の肋骨と肋骨の間の腱(骨と筋肉をつなぐ組織)や筋肉がかたくなっています。錬堂氏によると、大胸筋付着部と唾液腺は連動していて、そこがかたくなるのは咀嚼不足が原因だそうです。
最初にみぞおちの5cm上で、左右の乳首の中間にある「膻中」というツボに、5本の指をそろえて当て、左右に小刻みに揺するようにほぐしてください(下図を参照)。
次に、左の鎖骨下、第2肋骨から第5肋骨の間に、上から人差し指、中指、薬指を当て、左右に小刻みに揺すってほぐします。右側も同様にほぐすと、呼吸が深くなり、体の機能が高まります。声を出しにくい人や嚥下障害の人にもお勧めです。
本来、天城流湯治法では、骨にはりついた腱や筋肉をはがすように刺激します。しかし、脳卒中の後遺症がある人や、力の弱い高齢の介護者には、それは難しいものです。ですから、小刻みに揺するだけで十分です。
天城流リハビリ①
胸をほぐす基本のリハビリ
【ほぐす位置】
❶「膻中」みぞおちの5cm上で、左右の乳首の中間
❷左の鎖骨の下で、第2肋骨~第5肋骨の間
❸右の鎖骨の下で、第2肋骨~第5肋骨の間

【やり方】
❶は膻中のツボに、5本の指をそろえて当て、小刻みに左右に揺する。
❷は左の第2肋骨~第5肋骨の間に、上から人差し指、中指、薬指の腹を当て、左右に小刻みに揺する。
❸は右の第2肋骨~第5肋骨の間に、上から人差し指、中指、薬指の腹を当て、左右に小刻みに揺する。
※回数はそれぞれ20回。何度行ってもよい。

次に、おなかをほぐします。あおむけになり、お尻の下に座布団を敷き、恥骨を高くしてください。そして、恥骨からへそに向かっておなかを両手でさすったり、軽くたたいたりします。
こうすることで、消化管が下がって圧迫されていた骨盤内の血流がよくなります。すると、内臓が活性化され、ホルモンの分泌などもよくなって、体の機能を正常化するのに役立ちます。
寝たきりや動きの悪さによる体液循環のうっ滞を改善したり、内臓に対応する反射区があるおなかの筋肉を間接的に刺激したりして、体の動きをよくする可能性も期待できます。
天城流リハビリ②
おなかをほぐすリハビリ
【やり方】
◎あおむけになり、お尻の下に座布団を敷き、恥骨からへそに向かって、おなかを両手でさすったり、軽くたたいたりする。1分ほど行う。

三つめは、足のリハビリです。両手のひらのつけ根で太ももを左右からはさみ、火起こしをするように手を動かして筋肉を揺すります。続いて、ふくらはぎも同様に揺すります。これだけで足の動きがよくなったり、立ち上がりが楽になったりする人がおられます。
天城流リハビリ③
足のリハビリ
【やり方】
◎両手のひらの付け根で太ももを左右からはさみ、火起こしをするように筋肉を揺する。ひざ上で10回行ったら、少し位置をずらし足の付け根まで同様に行う。続いて、ふくらはぎもひざ下から足首まで同じ要領で行う。

最後は、手の拘縮(関節が固まって動かない状態)を取るリハビリです。脳卒中を起こした人は、手のひらや腕が拘縮して、どんどん内側に曲がる人が少なくありません。従来のリハビリでは、これを開こう、開こうとしていました。
しかし、錬堂氏によると、内側に曲がるのは、体の防御反応だそうです。そこで、曲がっている方向にさらに曲げると、神経がホッとするのか、逆に外側に開いてくるのです。
もちろん、また拘縮してくるのですが、くり返し行っていけば、拘縮が緩和し手指や腕を動かしやすくなる可能性は、十分ありえます。
天城流リハビリ④
手の拘縮を取るリハビリ
【やり方】
◎拘縮している手を、もう片方の手でつかみ、曲がっている方向にさらに曲げる。何回かに分けて力を加えると、拘縮した手が開いてくる。

マヒがあって自分でリハビリができない場合、家族や介護者にやってもらいましょう。少しずつ体の動きがよくなってきたら、自分でも積極的にチャレンジしてください。「手当て」という言葉があるように、手で触れて刺激を与えるだけでも、体にはいい影響があるはずです。

この記事は『壮快』2020年3月号に掲載されています。
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