解説者のプロフィール

佐々木久史(ささき・ひさし)
株式会社まごのて代表取締役。株式会社まごのて代表取締役。2008年に東京で妻とともに、便利屋を立ち上げる。増え続けるごみ屋敷の依頼に対応し続け、清掃業が専門となる。孤独死などによる腐敗した遺体と、その部屋の臭気に対応する特殊清掃も手掛ける。『お部屋掃除人が語る命が危ない家』(扶桑社)発売中。
ゴキブリやハエは日常茶飯事
私たちの会社は、一般の方では手に負えない特殊な清掃を専門に手がけています。いわゆる「ごみ屋敷」や「汚部屋」の片付けをこれまでに1万件以上こなしてきました。
想像を絶する散らかり方をしている家もたくさんあります。例えば、「床が物で覆われ、足の踏み場がない」程度は、かわいい物です。床から1m以上もごみが積み重なった「壁」がそびえ立ち、その上をはって進まないと奥まで行けないような家もあるのです。
生ごみや糞便が家の中に放置されたままで、ひどい悪臭が漂い、ゴキブリやハエが飛び回っている現場も、私たちにとっては日常茶飯事です。
多くの読者が「さすがにうちは、そんなことにはならない」と思われるでしょう。けれど実は、ごみ屋敷や汚部屋の住人になってしまう可能性は、誰にでもあります。決して他人事とは言えないのです。
住まいをごみ屋敷や汚部屋にしてしまう人には、大きく二つのパターンがあります。
一つは「そもそも片付けが全くできない人」です。このパターンは実は少数派なのですが、「片付けたことがない。ごみの出し方も知らない」という人も確かにいます。
実家で汚部屋に引きこもっているような人も該当します。変わったところでは、すごいお金持ちで「一軒家をごみ屋敷にするたびに、新しい家に買い換えていた」という人もいました。
多いのは、もう一つのパターン。「元は片付けができていたのに、何かのきっかけで、できなくなってしまった人」です。
普通に生活していた人が、いつしかごみ屋敷や汚部屋の住人と化してしまうのです。
例えば、高齢で健康を害し、気力・体力がなくなって片付けられなくなることは、誰の身にも起こる可能性があります。認知症で物を捨てる判断ができなくなり、ごみ屋敷化してしまうケースもよくあります。
都心から近い、とあるニュータウンに行ったとき、どの家も庭が荒れぎみで、2階の雨戸が閉まっていました。
聞けば、子どもが独立して、高齢者だけになった世帯ばかりとのこと。足腰が弱り、2階へ上がったり、庭を手入れしたりできなくなったのです。
おそらく、家の中も散らかったお宅が多いはず。その光景に、少子高齢化の進む日本の近い将来を見たようで、複雑な心境でした……。

空き缶、吸い殻が散乱するごみ屋敷は、害虫の温床に
ごみ部屋に住む美人キャリアウーマン
体力的にはまだまだ元気だという人、若い人も、安心はできません。
「セルフネグレクト」という言葉をご存じでしょうか。ネグレクトは「無視する、世話を怠る」という意味で、育児放棄や介護放棄を指して使われます。
セルフネグレクトとは、自分の体や心をケアする意欲がなくなり、放棄してしまうことです。
まだ若く、片付けをする力が十分にあるはずの人でも、ふとしたきっかけでセルフネグレクト状態に陥り、ごみ屋敷・汚部屋化してしまうことは、決して珍しくありません。
こうしたケースは、単に「だらしない」というのとは違うのです。私は「心の病気」と考えたほうがいいと思います。
特に女性の場合、失恋や死別などの精神的ショックから、片付けられなくなることが多いようです。
汚部屋に住んでいるのは、ズボラな男性が多そうな気がするでしょう?私たちが清掃してきた経験では、女性のほうが多数です。
また、そういう人は、家の中はひどいことになっていても、外では意外ときちんと働いていたりもします。むしろ、仕事上のストレスや緊張感が強いからこそ、そうなってしまうのかもしれません。
バリバリのキャリアウーマンや美人のキャビンアテンダントが悪臭漂う汚部屋に住んでいることも、実際にありました。
本人は「忙しくて」と言いますが、いくら忙しくても、普通は食べ残しなどの生ごみは気持ち悪くて、放置できないはずです。それが平気になってしまうのは、やはり心の病気だと言わざるをえません。
常軌を逸して片付けができなくなる背景には、心身の健康の問題があるのです。
そして、ごみ屋敷・汚部屋に暮らしていると、さらに健康をむしばまれ、最悪、死に至る恐れさえあります。
そもそもごみ屋敷化した家は、物理的に非常に危険です。
逆に、家を片付けたら、思いがけない幸運に見舞われたり、健康を回復したりして、人生が好転した人も数多く見てきました。
下項では、ごみ屋敷化を予防する心構えや、普通のご家庭のお掃除にも役立つ、片付け方のポイントも説明します。

玄関がごみで塞がれていると救急隊も入れず危険
タイプ別ごみ屋敷の傾向
ごみ屋敷は有機系と倉庫系の2種類
私たちは、ごみ屋敷や汚部屋を大きく〝有機系〟と〝倉庫系”に分類しています。
有機系は、生ごみなどの生活ごみをためこんでいるタイプ。倉庫系は、生活ごみや汚れ物はなくても、物が多過ぎて家中にあふれ、倉庫のようになっているタイプです。さらに住民のタイプによって、下記のように分類することもできます。
有機系か倉庫系かで、清掃のやり方や手間も違います。
倉庫系はとにかく物が多いので、必要か不要かの仕分け作業がメインです。倉庫系の家主はごみを捨てようとしないので、部屋を片付けるのに時間がかかります。
一方、有機系は捨てることがメイン。作業自体は単純ですが、不衛生になるので片付けはかなり過酷です。
【有機系】
■生ごみ汚部屋
食べ残しなどの生活ごみを放置。腐敗臭だけでなく、病原菌をまき散らす虫が発生する不衛生な環境。食べ物のごみは、周囲に転がるごみをさらに劣悪にするため、粉塵が室内に舞っている。空気が汚れているので、呼吸器を悪くすることも。
このタイプの汚部屋は、意外にも、外ではちゃんと働いている会社員などが多い。対処法はとにかくごみを捨てること。セルフネグレクトなど心の問題であることも多いので、精神科医など専門家の助力も有効。

コンビニの弁当、ペットボトルがそのまま投げ捨てられている
このタイプに多い性別、年齢、職業 | この部屋に多いごみ |
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・7:3で女性が多い ・20~40代 ・会社員、看護師 | 空のカップラーメン、ペットボトル、賞味期限切れの食品など |
【倉庫系】
■趣味汚部屋
趣味の物や道具をため込み、部屋が倉庫状態。有機系のように不衛生ではない半面、積み上げられた物が崩れる危険性が高い。
捨てたがらないので、説得に苦労。整理のコツは、物を減らすこと。部屋の広さや、収納場所に見合う分だけ残すように区切るのが片付けるポイント。

部屋の容量以上に本、プラモデルが積まれている
このタイプに多い性別、年齢、職業 | この部屋に多いごみ |
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・6:4で男性が多い ・20~50代 ・会社員、親と同居する学生、ニート | 本、ゲーム、おもちゃ、フィギュア、プラモデル、アダルトビデオ |
■買い物汚部屋
「買い物依存症」で物があふれるタイプ。裕福な家庭の主婦や水商売などでお金回りのいい女性に多い。
趣味系と違うのは、物を集める背景に失恋、育児、家庭崩壊など、人間関係のストレスや寂しさが関与している点。そこが解消すれば、物自体へのこだわりも消え、捨てられるようになることもある。

高価な服も床に置き捨てられる。新品も多い
このタイプに多い性別、年齢、職業 | この部屋に多いごみ |
---|---|
・8:2で女性が多い ・20~50代 ・主婦、水商売 | 衣類、ブランド物 |
【高齢系】
加齢に伴う衰えや病気、ケガなどで片付けができなくなってしまう。「もったいない」「思い出がある」と使わない物、古い物をためこむ倉庫系+生活ごみが捨てられなくなった有機系の複合型が多い。「安全の確保」という理由で家族がしっかり説得し、物を減らすことが必要。

ごみを捨てたくても捨てられず、仕方なく部屋が散らかることも……
このタイプに多い性別、年齢、職業 | この部屋に多いごみ |
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足腰の悪い60歳以上の高齢者 | 古い物、使わない物、生活ごみ |
「もったいない」の未練を断ち切ってごみ屋敷脱出!
プロが教える気持ちの切り替え方
徹底的に捨てて整理整頓が片付けの秘訣
「片付けるために最も大切なことは?」と聞かれたら、私はこう答えます。「なんのために片付けるのか」という目的が明確になっていることです。
清掃作業に入る前には必ずカウンセリングをして、依頼者が何を目指しているのかをお聞きしますが、約8割の方が「何のために」を理解していません。
完全なごみばかりの有機系ごみ屋敷の場合、目的はハッキリしており、目指す完成形も比較的、単純です。「不衛生で危険だからごみを捨てましょう」ということですね。
問題なのは、倉庫系ごみ屋敷です。当人に「片付けて、家をどうしたいのか?」という完成形のイメージがないと、なかなか片付けが進みません。
実は、家を片付けるための根本的な解決策は、そんなに多くありません。
①徹底的に捨てる
②整理整頓する
これだけです。
倉庫系ごみ屋敷の住人は、なかなか物を捨てられません。高齢者は「もったいない」「思い出がある」という理由が多く、買い物系は「高い、価値があるから」、趣味系は「大事な物だから、捨てたくない」です。
ですが、その人の「先の暮らしまで見据えた完成形」をしっかりイメージしてもらうと、思い切って捨てられるようになることがあります。
例えば、高齢の方の場合、もったいないからとため込んだ物も「この先の人生、これを使う機会はありそうですか?お子さんやお孫さんが喜んで遊びに来る家になるのと、どちらが大事ですか?」と考えてもらうと、きっぱり処分できるようになることがあります。
趣味系汚部屋なら「大事な物だということは分かります。でも、せっかく好きな物を集めたら、きれいに飾れたらいいですよね。今はそのためのスペースがないから、少し選別して処分しませんか?」と考えてもらったりします。
また、家族住まいの場合は「家族で同じ目標を持つこと」が大原則です。
ご夫婦と娘さんの3人家族が「娘の部屋を作りたい」という目標を掲げ、掃除を始めたケースです。当初、お父さんは「散らかったのは妻の買い物依存症のせい。なんで俺が!」と乗り気ではありませんでした。
でも、片付けを進めるうちに気持ちが乗ってきたのか、午後にはテキパキ働いていました。翌日、無事に片付けが終了。娘さんの部屋を空けることができたときには、家族3人で抱き合って泣いていました。
それだけではありません。お父さんは「妻を買い物依存症に走らせたのは、私が寂しい思いをさせたから……。これからは妻を大切にします」と、自ら反省していたのです。
こんなふうに片付けがきっかけで、家族関係や人間関係が良好に変わるケースもあります。
安物ばかりを大量に買うのはダメ
また、私はよく「自分の人生のステージに合う物だけを厳選して持ちましょう」とアドバイスしています。
片付けられない人は、同じ役割の物、それも安物をたくさん持っているのが特徴です。
例えば、ビニール傘を何本も持っているなどです。ちゃんとした傘を1本買った方が大事に使うし、簡単になくすこともありません。よほど費用対効果もよいのではないでしょうか。
無理して高級品を持つことはありませんが、多少の背伸びはいいかもしれません。安物の腕時計ばかり何十本も持っていた30代の男性に「いい腕時計を買ったら?」とアドバイスしたことがあります。
彼は勇気を出してロレックスの時計を買ったら、自然と「これに見合う立ち振る舞いをしよう!」と思うようになって、部屋も片付けられるようになり、仕事にも自信がついたとのことでした。

安物の腕時計30本より高級時計1本で部屋が片付くことも
片付けや整理整頓をしようと思い立ち、テクニックを学んでも、小手先のことだけでは長続きしません。
皆さんもぜひ「なんのために」を意識してみてください。単に住まいの片付けの問題だけでなく、「その先の自分の暮らしをどうしたいか」という視点に立てると、あなたならではの片付け方も見えてくるはずです。
[別記事:【片付けのコツ】どんな汚部屋も簡単にキレイ!散らかり放題だった机の片付けを実演→]

この記事は『安心』2020年1月号に掲載されています。
www.makino-g.jp