解説者のプロフィール

前川重人(まえかわ・しげと)
東北大学大学院医学系研究科眼科学分野助教。東北大学病院眼科で外来を担当。
41種の成分中で抗酸化作用が最も高い!
緑内障とは、眼球内の水の流れが滞って眼圧が上がり、視神経(網膜の神経節細胞)が圧迫され、障害を受けることで視野が狭くなる病気です。
緑内障治療は、眼圧を下げるための点眼薬が中心ですが、日本人の緑内障患者のうち7割以上が、眼圧が正常範囲(21mmHg以下)にもかかわらず視野に異常がある「正常眼圧緑内障」です。
眼圧コントロールによる治療の限界を指摘する声もあり、新たな治療法の開発が望まれているのが現状です。
こうした背景を受け、私たち東北大学は研究を重ね、緑内障治療に風穴を開ける可能性を見出しました。
それが、ミカンの皮に含まれるポリフェノールの一種「ヘスペリジン」による、網膜神経節細胞への神経保護作用です。研究の成果は2017年に学術雑誌に掲載され、反響を呼びました。以下に、詳しく説明します。
まず、私たちは、眼圧以外で緑内障に影響する因子として、酸化ストレスに注目しました。
体内に取り入れられた酸素が使われる際、副産物として発生するのが、活性酸素です。この活性酸素が過剰に増えると、細胞が傷つけられてしまいます。これが、酸化ストレスです。
体は本来、発生した活性酸素を消去し、細胞が受けた障害を修復するだけの力を持っています。この、酸化ストレスを抑える働きを抗酸化力といいます。
緑内障においても、酸化ストレスは重要です。緑内障を模した動物実験で、活性酸素の増加やDNA障害、たんぱく質や脂質の酸化が増加することが判明しています。
そして実際、一部の緑内障患者さんにも同様の現象が起こっていることが、過去の研究や我々の報告で認められています。そこで我々は、酸化ストレスの低減がカギになると考えました。
酸化ストレスを減らすには、抗酸化力を高めることです。「緑黄色野菜など、抗酸化作用が高い食べ物を多く摂取している人ほど、緑内障になりにくい」という、海外の研究報告もあります。そこで、どんな食べ物に高い抗酸化作用があるのか調べることにしました。
私たちの実験では、期待できそうな41種の成分を選び、培養したマウスの網膜神経節細胞に加えて、それぞれの抗酸化力を比較しました。なかには、抗酸化作用が高いことで知られるコエンザイムQ10なども含まれていました。
しかし実験の結果、ヘスペリジンがほかの物質を抑え、最も高い抗酸化作用を持つことが判明したのです。
塩ミカンは有効成分の補給法として好適!
そこで私たちは、さらに効果を検証するため、生体内での効果を見ることにしました。薬剤を注射して神経障害を起こしたマウスの目に、ヘスペリジンを投与して、網膜神経節細胞の数を調べました。

ミカンの皮で緑内障を撃退!
Aは、正常な状態のマウスの目。白点状の物が網膜神経節細胞。Bは、網膜障害で酸化ストレスがかかっている目。神経細胞数がぐんと減っている。Cは、Bの目にヘスペリジンを投与して治療したあとの状態。何もしないBに比べて、明らかに神経細胞数の減少が抑えられている。
上の3点の写真をご覧ください。左のAが、正常な状態のマウスの目です。白い点に見えるのが、網膜神経節細胞です。
真ん中のBは、網膜障害で酸化ストレスがかかっている目。つまり、緑内障に近い状態です。細胞の数が、ぐんと減っているのがわかります。
右のCは、Bの目にヘスペリジンを投与し、治療したあとの状態です。何もしないBに比べて、明らかに、神経細胞数の減少が抑えられています。生存率を確認したところ、CはBに比べて2倍以上、細胞が生き残っていることが判明したのです。
しかし、実際に細胞が生き残っても機能を果たさなければ意味をなしません。そこで我々は、細胞の生存だけではなく、細胞の機能についても評価することにしました。
通常、外界から、目に光が入ると、その光が網膜に届き、電気信号に変換されます。これが神経を伝わり、脳の視覚野に入ることで、「物を見る」という行為が成り立ちます。
そのため、今回のマウス実験では、その電気信号が脳に伝わる際の波型を調べました。障害にした目と、ヘスペリジンを投与した目を比べ、波型の減弱が抑えられていることから、細胞が生き残っているだけでなく、機能しているとわかりました。
また、行動実験により、マウスの視力に相当するものも調べました。結果、ヘスペリジンを投与して治療したマウスは、正常とまではいかなくとも、ある程度見える状態であると確かめられました。ヘスペリジンにより、視力低下も軽減できるとわかったのです。
このように、動物実験でヘスペリジンの効果が証明されました。我々はこの結果を踏まえ、実際の患者さんに効果があるのかを、現在、研究しています。
ちなみに、ヘスペリジンは、ミカンの果肉よりも皮、特に内側の白い部分に多く含まれています。なかなか口にする機会がありませんが、捨てるには惜しい抗酸化作用と、優れた健康効果が秘められています。
別記事で紹介している「塩ミカン」は皮も果肉も併せて粉砕しているため、ヘスペリジンの補給法として好適です。ぜひ、自分でできる健康対策として、お役立てください。
別記事:【塩ミカンの作り方とレシピ】栄養たっぷりの皮をおいしく食べられる!万能調味料の塩ミカン→

この記事は『壮快』2020年1月号に掲載されています。
www.makino-g.jp