解説者のプロフィール

矢野昌充(やの・まさみち)
農学博士。農林水産省野菜試験場、果樹試験場で野菜や果実の流通技術に関する研究に取り組む。その後、農業・生物系特定産業技術研究機構(現・農研機構)に所属し、果樹研究所カンキツ研究部上席研究官として「カンキツの健康効果に関する研究」などを企画立案、研究を推進。現在は農産物流通技術研究会に所属し、アドバイザリーボード「フルーツ広場」にて、ミカンなどの果物の健康効果について啓発活動を行う。杉浦実氏との共著『みかんでぐんぐん健康になる本』(BABジャパン)がある。
肝機能異常を起こすリスクも50%抑制!
[別記事:【塩ミカンの作り方とレシピ】栄養たっぷりの皮をおいしく食べられる!万能調味料の塩ミカン→]
ミカンを皮ごと粉砕し、ごく少量の塩を加えた「塩ミカン」という手作り調味料が、話題と聞いています。
ここでは、果物、特に柑橘類を中心に、長年研究を続けてきた私から見た、ミカンの健康効果についてお話ししたいと思います。
皆さんは、毎日、果物をどのくらい召し上がりますか。果糖を肥満や糖尿病のリスクととらえる人は、「果物は体に悪い」として、避ける傾向にありますが、それは誤解です。
結論からいうと、ミカンに限っては、1日に3~4個食べたほうが、糖尿病や肝機能異常、動脈硬化、脂質代謝異常や骨粗鬆症の発症リスクが減ります。食べないより食べたほうが、健康度が高まるのです。
二十数年前、所属していた国の研究機関が、ミカンの生産地として名高い静岡県にあったことから、私たちは、ミカンが健康に与える影響について、調べ始めました。
まず、6049名の一般消費者を対象にアンケートを行い、ミカンを食べている頻度と、糖尿病の有病率を調査。ミカンを毎日4個以上食べている人は、週に1~3個以下の人に比べ、糖尿病の有病率が半分以下でした。
食べている人ほど、糖尿病になりにくいということです。
では、ミカンの何が、そうした効果を生み出しているのか。私たちが目をつけたのが、柑橘類、特にミカンに特徴的な有効成分として知られる「β-クリプトキサンチン」です。カロテノイド色素の一種で、高い抗酸化作用があります。
しかも、数あるカロテノイドのなかでも、特に体に吸収されやすく、体内に長く蓄積される構造をしています。それだけ、体のすみずみまで届き、効果が持続すると考えられるのです。
そこで、私たち(農研機構果樹研究所と浜松医科大学)は2003年に、ミカンの名産地である静岡県浜松市三ヶ日町に協力してもらい、【β-クリプトキサンチンの血中濃度と糖尿病発症の関連性】について、疫学的な調査を開始しました。
協力者(30~70歳の1073人)のうち、すでに糖尿病と診断されている人を除外。そのうえで、対象者のβ-クリプトキサンチン血中濃度を調べ、濃度別に高・中・低の3群に分け、糖尿病がどの程度発症するか、追跡することにしたのです。
ちなみに、血中のβ-クリプトキサンチン濃度はミカンを食べる頻度と比例することが、私たちの研究により判明しています。「高」は毎日4個程度で、「中」は毎日1~2個、「低」は毎日は食べない人たちです。
■ミカンで糖尿病リスクが約6割減

そして10年後の2013年、対象者のデータを調べたところβ-クリプトキサンチン血中濃度が高い群は、低い群に比べ、糖尿病の発症リスクが57%も抑えられているとわかりました。
さらに別の調査(※1)では、高血糖の人どうしを比較したところ、β-クリプトキサンチン血中濃度が高い人は、低い人に比べて肝機能値が正常に近い値に保たれやすいと判明。これらの研究成果は、審査の厳しい欧米の医学雑誌に掲載されました。
※1 血中ALT値による判定 : Sugiura et al.Diabetes Res Clin Pract. 2006 Jan;71(1):82-91.
肝臓については、ミカンを多く食べると、肝機能異常を起こすリスクが50%抑えられることも、わかっています。
糖尿病の患者さんは、肝機能障害が起こりやすい傾向にありますが、ミカンを積極的に摂取することで、糖尿病のみならず、肝機能にも好影響が及ぶのです。
骨粗鬆症の発症率が9割以上も低下する!
ミカンの摂取と糖尿病との関連性を主軸において始めた研究でしたが、こうしてほかの疾病についても範囲を広げて調べたところ、優れた健康効果が次々と明らかになりました。
動脈硬化への効果もその一つです。ミカンをよく食べる人は食べない人に比べ、動脈硬化を引き起こすリスクが、45%も低減されます。
動脈硬化の発症には、血管内壁の炎症が深くかかわっています。β-クリプトキサンチンは抗酸化作用に加え、抗炎症作用も持ち合わせていますから、これらが働いた結果、動脈硬化の発症が抑えられるのでしょう。
脂質代謝の異常(高コレステロール血症や高中性脂肪血症)の発症リスクも、33%抑えられるという結果が出ています。
内臓疾患以外への効果も、目をみはるものがあります。
先の調査をした10年間のうち、2005~2009年の4年間、血中のβ-クリプトキサンチン濃度と骨粗鬆症の発症率についても調べました。
すると、濃度が「高」の人は「低」の人に比べて、骨粗鬆症になる率が92%も低い、つまり、骨粗鬆症になりにくいとわかったのです。
ぜひ、β-クリプトキサンチンの多い、甘く色の濃い物を選んで、健康によいミカンをたくさん召し上がってください。
[別記事:【塩ミカンの作り方とレシピ】栄養たっぷりの皮をおいしく食べられる!万能調味料の塩ミカン→]

この記事は『壮快』2020年1月号に掲載されています。
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